“パシリ”の発想から生まれた全巻セット専門店
「漫画全巻ドットコム」(後編)


目指したのは“プチ引きこもりセット”

漫画全巻ドットコム
http://mangazenkan.com/

 「漫画全巻ドットコム」のようなマンガの全巻セットを発売する店は、今となってはインターネット上で珍しくない。しかし「漫画全巻ドットコム」がオープンした2006年頃は、そんな店は皆無だったと安藤さんは振り返る。もともとの発想は、漫画本や食べ物や飲み物などがセットになっていて、それさえあれば週末に家から一歩も出ずに過ごせる“プチ引きこもりセット”だった。

 「会社員を辞めて最初にオープンした通販サイトは、オリジナルのスニーカーを販売する店でした。私ともう1人のパートナーで一緒に起業したのですが、これがまったく売れませんでした。アクセスも1日に2、3件しかなくて。さすがにすごくヒマだったので、新しいビジネスの企画を考えるしかやることがなくて、とにかくバカバカしい企画をパートナーと一緒に朝から晩まで考えていましたね。」(安藤さん)

 社会に出てからはIT企業や大手商社、携帯電話のコンテンツプロバイダーなど、さまざまな会社を渡り歩いてきた安藤さん。商社時代からスニーカーの企画・製造を副業としており、ついにスニーカーのオンラインショップを作って独立したが、どうもうまくいかない。そんな中で考えたのが、漫画の販売だった。

 「ほかにもいろいろ考えました。いろんなファーストフードのメニューを寄せ集めてセットにして売る店とか。ハンバーガーはこの店で、ポテトはあの店で、といった感じで買ってきてくれる店。要するに、仕組みとしては完全に“パシリ(使い走り)”ですね。まあ『漫画全巻ドットコム』の発想もパシリなんですけど(笑)。」

 「私たちの場合は、特別な商品を仕入れられるコネクションもなかったし、ユニークなCGMを作る才能もなかったので、他人が面倒くさがってやらないことを、私どもがあちこち歩き回って代わりにやりますよ、というアイディアしか思いつきませんでした。だから本当に自分たちの生活に根付いたサービスばかりを考えて、それが“プチ引きこもりセット”だったわけです。で、それならまずはマンガをやろうと。『マンガを全巻そろえてくれるサービスがあるなら、自分たちもぜひ利用したい!』と思ったんですね。」(安藤さん)

 「漫画全巻ドットコム」がオープンしたのは、アイディアを思いついてから1週間後。“プチ引きこもりセット”への足がかりとして始めたこの店は、たちまち大きな反響を呼んだ。当初はマンガだけだったこのサイトだが、最近ではフードやドリンクの販売も充実してきている。安藤さんは最初に目指した“プチ引きこもりセット”に向かって一歩ずつ着実に進んでいるのだ。

マンガだけでなくライトノベルの全巻セットも扱っているレトルト食品やドリンク類が充実しているフードのコーナー

原付きバイクに乗って都内の古書店を巡回

 実はオープンした当初は現在とは違って、新刊ではなく古本を売る店だった。そのころの拠点は東京の中野。前日までに注文が来た分を、翌日の朝に集計してから、2人で手分けして都内の古書店を巡って商品を探す。足となるのは原付きバイクだ。夕方、2人で集まって、確保したマンガ本を出荷する。

 「重いマンガ本を原付きで運ぶのは大変で、荷台に縛り付けたりしてなんとか運んでました。同じ古本屋と何十回も往復したこともあります。途中でビニール袋が破れて困ったこともありましたね。でも、スニーカーが全然売れない生活というのを1年くらい経験しているので、注文が入ってくるのが楽しくて仕方ありませんでした。『売れることが約束されているものを買うというのは、こんなに楽しいのか』としみじみ思いました。」

 「最初の2、3ヶ月は注文を受けてから商品を探して仕入れていたのですが、次第に売れ残りの少ない作品はどれかというのがわかってきて、全国の古書店からマンガのセットを送ってもらうようになりました。中にはすごくレアな作品をまちがって掲載してしまったこともあって、あとで入手しにくい高価なものだと気付いたりと、失敗もありましたけどね。」(安藤さん)

 このようにかなりの注目を集めた背景には、リスティング広告を徹底したこともある。当時はマンガのタイトルで検索広告を出している店は少なかったので、少ない投資で目立ったことも追い風となった。

 オープンして1年後には、会社を中野から八王子に移転した。小学校の校舎として使われていた建物に、大量のマンガ本の在庫を置いた。エレベーターがないため、宅配便で届いたマンガ本の段ボールを、在庫の置き場となる3階まで毎日上げなければならない。

 マンガ本の運搬作業は大変だったが、サイトの人気は右肩上がりだった。この時期、前編でも触れたように“しょこたん”のブログに取り上げられたこともあり、アクセスが殺到したこともあった。

膨大な量のマンガをストックしているTORICOの配送拠点丁寧な梱包で全巻セットを傷つけることなく顧客に届ける

新刊を売る店になって信頼感がアップ

 そんな風に順調に業績を伸ばしていた「漫画全巻ドットコム」だったが、2007年11月に大きな転機を迎える。それまでは古本を販売する店だったのを、新刊だけを扱う店に切り替えたのだ。

 「私どもは新刊と中古の両方を扱ったことがあるからわかるんですが、全巻をそろえるとなると、新刊も中古も実際には似たような価格になってしまうんですね。手間賃を考えると、古本もそれほど安くはならない。とくに人気のある作品についてはどんどん値段が上がるので、どうせなら少し高くても本がキレイなほうがいいだろうと。そう考えるお客さまも多いのではないかと思い、新刊だけを扱う店にすることを決めました。」(安藤さん)

 新刊販売に切り替えた直後は、さすがに売上がかなり落ちたが、すぐに新しいユーザーが増えて、3ヶ月後には売上も元通りの水準に戻ったという。

 「新刊の店にしてからは、出版社さまとキャンペーンを一緒に展開したり、あとは出版業界以外の企業、たとえばピザーラさんと共同でキャンペーンをさせてもらったりとか、古本の店ではなかなか難しかったことができるようになってきました。」(安藤さん)

 出版社とのキャンペーンなどは顧客に信頼感を与える。「漫画全巻ドットコム」のようにショッピングモールに参加していない独立系の通販サイトの場合、この“信頼感”はかなり重要だ。

 最近では、マンガやアニメのキャラクターグッズや、マンガ本を収納するための特製ボックスなども販売している。特製ボックスは、「ジョジョの奇妙な冒険」や「こちら葛飾区亀有公園前派出所」、「BLEACH」などがそろっている。他店ではなかなか手に入らないこのような商品を扱っているのも、このサイトならではの魅力だ。

 マンガ以外の商品としては、ほかに本棚やブックカバーなども販売している。ブックカバーは透明のもので、本棚に収納した状態でも背表紙のデザインを楽しめる。マニアが喜ぶツボがよくわかっている店である。

ユニークなキャラクターグッズも用意300冊以上のコミックを収納できる専用の本棚

即日配達もOK! 秋葉原にリアル店舗を堂々オープン

 そんな「漫画全巻ドットコム」は、今年末に新たな展開を見せる。12月12月(土)に、秋葉原に実店舗をオープンするのだ。既存の書店がインターネット通販を始めるのはよくあることだが、逆にオンライン書店が実店舗をオープンする例はかなり珍しく、出版業界からも注目を集めている。

 「もちろんマンガも販売しますが、レンタルなどもその店を拠点にしたいと考えています。あとは“出前サービス”もやりたいですね。注文が入ったら、私自身がすぐにお客さまのところに商品をお届けするサービスです。もちろん対象エリアは限定されますが、即日の配送サービスは今後、どんどん充実させていきたいです。」(安藤さん)

 すでに「出前館」にも出店している「漫画全巻ドットコム」だが、新店舗はその拠点としての機能も果たすようだ。しかもこの店、オープン当初は社長である安藤さん自らが店長となって、スタッフを雇わずに1人で運営する予定だという。

 「まずはだれも雇わずに1人でやってみて、直接、お客さまの反応を見たいと思っています。インターネット通販も1からやってきて、どうすれば売れるのかというのはけっこうわかってきたので、実店舗の運営も1からやってみたいな、と。実店舗の経営はおもしろいですよ。内装の配置を少しいじるだけで、売上が変わったりして。現在、勉強中ですが実に奥が深いです。」

 「たとえば実店舗でマンガの全巻セットを買ったお客さまには、キャリーカートとか全巻収納用のバッグみたいなものを無料で配布しようかな、と思っています。『漫画全巻ドットコム』は送料無料ですが、実店舗に買いに来ていただけるならば、その分おまけがあって当然だと思いますので。」(安藤さん)

 実店舗の登場で新たな転機を迎える「漫画全巻ドットコム」だが、オープン当初に掲げた“他人が面倒くさいと思うことを代わってやる”というサービス精神は変わらない。秋葉原の店を拠点に、これからどのような展開を見せてくれるのか非常に楽しみだ。

 なお、秋葉原の店のオープン記念として、店頭で購入の際に「BB Watchを見た」と言った人には、先着3名に「手塚治虫キャラ提灯 ブラックジャック」または「手塚治虫キャラ提灯 ピノコ」のいずれかをプレゼント! 店の場所や開店時間など、詳しい情報についてはオープン日の前に「漫画全巻ドットコム」をチェックしていただきたい。

「出前館」にも出店して即日配達サービスを提供予定実店舗のオープン時には、先着3名の購入者に「手塚治虫キャラ提灯」をプレゼント

関連情報
2009/11/13 06:00  
碓氷 貫
フリーライター/編集者。Eコマースや地図サービス、データベース・コンテンツなど、Webサイトの価値を高めるさまざまなサービスをテーマに活動している。地図やハンディGPSを片手に街や山を徘徊する一方で、通販サイトでお買い得品をチェックすることにも余念がない。