■ひと口に「ADSL」と言っても……
高い周波数と限定された距離によって高速通信を実現できるADSLだが、実はADSLにはいくつかの規格がある。
ADSLは米Bellcore社によって基本技術が開発され、1999年6月にITU-T(国際電気通信連行電気通信標準化部門)で正式な規格として勧告されたものが現在のADSL接続サービスに採用されている。ADSLは複数の勧告によって構成されており、伝送に関する規格については「G992.1」「G.992.2」という2つが広く一般的に採用されている。
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ADSL通信では、4.3125kHz間隔で並んだ複数のキャリア(搬送波)を使うことで高速化。下りで、G.dmtでは256個のキャリアを、G.liteでは95個のキャリアを使う |
G992.1は変調方式として「DMT(Discrete MultiTone)」を採用したもので、下り方向は最大約8Mbpsものもの高速通信を実現する。その方式名から規格審議中は「G.dmt」という略称が与えられ、「フルレートADSL」とも呼ばれている。
これに対し、通信速度を抑え、ADSLモデムや局内設備などのコストダウンなどを狙ったのが「G.992.2」という規格だ。規格審議中は「G.lite」という略称が与えられ、通信速度は下り方向で最大約1.5Mbpsを実現する。G992.1がフルレートADSLと呼ばれるのに対し、G992.2は「簡易版ADSL」と呼ばれている。
ちなみに、これらの規格の最大通信速度はあくまでも目安であり、実際の運用ではこれよりも低くなるケースが多い。また、収容ビル側設備とADSLモデムの仕様や設定を変更することにより、若干の高速化を実現したり、速度を制限することも可能とされている。
G.992.1(G.dmt)とG.992.2(G.lite)の通信速度の違いは変調方式だけでなく、利用する周波数にも起因する。ADSLは前述のように、非常に高い周波数まで利用して信号をやり取りしているが、上り方向と下り方向で利用する周波数が異なる。上り方向は約30~140kHz、下り方向は約140kHz以上を利用する。下り方向で利用する周波数の上限は規格によって違い、簡易版ADSLのG.992.2(G.lite)が上限を550kHzまでに制限しているのに対し、フルレートADSLのG.992.1(G.dmt)では下り方向に約1104kHzまでを利用している。
■ISDNとの干渉
さて、ADSL関連の記事などを見ていると、必ずISDNとの干渉が話題になっている。実際のところ、ISDNの存在はADSLにとって、どのような影響があるのだろうか。
ADSLとISDNの干渉は、前述の利用する周波数に密接に関係している。国内で利用されているISDNは「0~320kHz」の周波数帯域を利用する仕様になっており、ADSLで利用する周波数の一部と重なっている。そのため、ADSL信号が流れるメタルケーブルの近くに、ISDNの信号が流れるメタルケーブルがあると、信号漏洩が発生してしまう。これが「ISDNとADSLは干渉する」と言われるゆえんだ。
こうしたADSLの特長から、当初、国内ではADSL接続サービスの提供は難しいとされていた。しかし、ISDNとの干渉を緩和する「DBM(Dual BitMap)」という技術が開発され、G.992.1とG992.2に「Annex C」という付属勧告として盛り込まれたため、この付属勧告を採用するADSL接続サービスではISDNとの干渉はほぼ解消されている。
国内で利用されているISDNはピンポン伝送という方式を採用しており、上り方向と下り方向の信号を2.5ms単位で切り替えている。そこで、Annex CではADSLの信号をISDNの信号伝送と同期させることにより、ISDNとの干渉を緩和している。ちなみに、一般的に「北米方式」と呼ばれている「Annex A」という付属勧告にはISDNとの干渉緩和機能が盛り込まれていない。この他にもヨーロッパ向けの「Annex B」などがある。
ADSL接続サービスが計画された当初、ISDNとの干渉は非常に厄介な問題とされ、なかには「日本はISDNに汚染されている」とまで言い切る関係者が登場したほどだ。ISDNはインターネット接続のためだけに提供されているものではなく、その名前が示すように統合的なデジタル通信網として広く利用されている。最も身近な例は家庭向けのISDN(INSネット64)だが、この他にもPHSのバックボーン回線、企業の専用線のバックアップ回線、ファーストフードやコンビニエンスストアなどの本部との接続回線(POSレジなどのデータ送受信)などにも利用されている。つまり、ISDNを無視してADSL接続サービスを提供することは事実上、不可能に近く、そういった意味からもG992.1とG992.2に付属勧告として盛り込まれた「Annex C」は非常に存在意義が大きいということになる。
(2001/11/21)
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