ブロードバンドの普及では韓国や日本に遅れをとったといわれる米国だが、今年になって一気にブロードバンドブームに火がついた。このブームの背景には、2001年9月の911同時多発テロ事件以降、Telecommutingを行なう人々が増加したことも一因だといわれている。そこで、筆者が2月に行なった現地訪問調査をもとに、米国ブロードバンド事情について紹介しよう。
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ブロードバンド加入傾向では地方展開が進行
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CATV加入者数の推移 |
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CATVインターネット利用者数の推移 |
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米国のIT市場調査会社であるIDCのBroadband Markets and Technologies部門の市場調査結果(2002年1月)などによれば、2001年11月に1370万戸だったCATV加入数は、2006年末には4860万戸に達すると予想されている。この中でCATVインターネット加入数は、2001年11月に640万戸だが2006年末には1750万戸。このように大幅に増加する要因として、これまでブロードバンド加入にあたって多くの制限事項があったものが、最近になって技術的に大きく改善され、制約がなくなってきたことが挙げられる。
一方、FCCが実施した地域別加入傾向に関する調査結果(2001年10月)によれば、米国内の人口密集地域でのブロードバンド加入率(ひとつのZip code(郵便番号)エリアにおいて、1加入以上のブロードバンド加入が存在する率)は2001年6月で98%、過疎地域でも40%だった。なかでも過疎地域での増加率が急激に立ち上がっており、2000年12月に比べて一気に17%も上昇している。一方、人口密集地域の増加率は2%でありブロードバンド適用地域の全国拡大が進んだことを示しているといえる。同様の傾向は、所得層の高いZip codeエリアのブロードバンド加入の増加率が2%と低いのに比べ、低所得層のZip codeエリアの増加率は17%と高い傾向を示し、ブロードバンドの低価格が進み大衆化が進んだといえる。また、FCCは2000年12月から2001年6月におけるCATVインターネットの加入数は平均的に月30万の新規加入であったと報告し、米国内のブロードバンド市場をCATVが牽引していると述べている。
これらの傾向を如実に表わす現象として、都市部から田舎に転居しブロードバンド常時接続によるSOHOビジネスをTelecommutingで行なうユーザーが増えている。ニューヨーク、ワシントンDCを襲った無差別テロの脅威で、ビジネスマンの都会脱出が増えているというのだ。
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加入者満足度ではCATVが優位
PC World誌が自社のWebサイトで2001年8月から9月末に行なったブロードバンド加入者満足度調査によれば、7段階評価のうち、設置工事、伝送速度パフォーマンス、機能などの点で「満足できる」、「非常に満足できる」と上位2段階の満足度を示した加入者はCATVインターネット加入者に顕著にその傾向が表われ、実に76%におよんでいる(調査母数は4267)。一方、DSLに関しては58%の加入者が、そして衛星インターネットについては36%の加入者が同様の満足度を示した。さらに、加入数は少ないものの、Sprint などが提供しているFWA(Fixed Wireless Access)はCATV同様75%の加入者が同水準の満足度を示している。
これら調査項目のうちで、設置工事の期間については特に興味深い傾向が見られる。CATV新規加入者の75%が2週間以内に開通したと回答しているのだ。特に、Cablevisionの加入者の場合には85%が2週間以内の開通と最高満足度を示している。一方、DSLは全国レベルで見ると、2週間以内の開通率はわずかに23%、都市部の場合でも32%とCATVの半分以下の達成率であり、申し込み加入者の不満が大きいようだ。日本よりも加入者線環境がDSLに向いているといわれていたものの、VerizonのカスタマーサービスやCompUSAの店員のコメントを総合すると、実際の工事実施にあたって加入者線路不適合のケースが多いことにより、申込みを受けても開通するのに苦労しているようだ。
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CATVが優位になってきた理由はNCTAのサービス改善
CATVインターネットが順調に伸び、加入者満足度が高い最大の要因は、全米のCATV事業者で組織するNCTA(National Cable Telecommunications Association)が独自の業界内サービス基準を定めたことであろう。これまで、CATV事業者の多くは地域独占の上に甘え、サービス改善には熱心でない傾向が強く同業者同士の情報交換も少なかった。しかし、DSLをはじめとするほかのブロードバンドISPが自分達のフランチャイズに参入してきたことから危機感を憶え、サービス改善に取り組んできた。たとえば、加入者からの故障受付に対する応答時間の基準値や加入者開通の目標日数設定などの業界基準値を定め、CATV活性化のために業界が一丸となったことが挙げられる。また、開通工事日を保証するOTG(On-Time Guarantee)運動を展開し、工事日の約束が守られない場合にはCATV事業者が20ドルのペナルティを支払うことも行なっている。さらに、DSLに比べて、圧倒的に適用可能地域が広いこともDSLに比べ優位な理由である。
営業面では、テレビ+インターネットサービスの抱き合わせによるパッケージセールスだ。この点はDSLなどほかのブロードバンドサービスにはできない放送とインターネットの両方を提供できるCATV事業者の優位な点であろう。料金面でのテレビ視聴料とインターネット利用料のパッケージ化も優位な料金プランを提供しやすくしている。さらに、CompUSA、Fry's、Circuit City、Radio Shackなどの大型量販店と組んで、CATVモデムとセットトップボックスさらにはテレビ、VCRなどとの弾力的なパッケージ販売化なども功を奏している。
また、伝送速度の面においても、CATV事業者は加入者トラフィックを常時監視することによりダイナミックなバックボーン帯域の弾力的制御を行なうようになっており、これらもDSLなど他のブロードバンドには技術的に導入し難い優位性かもしれない。
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進んでいるブロードバンドのDIY工事
加入者の多くは設置費用を約1/2コストセービングするために、自分自身で設置工事を行なうケースが多い。もちろん、NCTA加盟のCATV事業者はすべてDIYによる設置工事を許していることもあり、CATVの場合には約35%、DSLの場合には約75%の新規加入者がDIYである。CATVの比率が低いのは、同軸ケーブルの分岐処理やケーブルの成端工事がDSLで使っている電話線よりも困難であるためだろう。Radio ShackなどDIY愛好者が好む量販店には設置方法の解説書も準備され、店員もよく訓練され工事方法などの知識も豊富である。
DIYを好まない加入者の場合には、International Fibercomという工事会社がセットトップボックス、モデムの設置、PC設定までをワンストップサービスで行なっており、多くのCATV会社が同社をアウトソーシング先に使っている。この会社が、NCTAの認定工事会社として全米規模で均質な工事サービスを提供しているのだ。
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DSLもがんばっているが……
前述のように、DSL加入者のサービス満足度は58%である。この背景には本来のサービス水準の問題もさることながら、DSL-ISPの相次ぐ倒産によるサービス低下に対する嫌気や不安感がある。DSLのパイオニアで大手のNorthPoint Communications、Rhythms NetConnectionsの相次ぐ倒産で、サービス中断やほかのISPへの強制的な移行などの被害を受けたDSL加入者も多く、彼らがネット上で不満を流布したことも満足度を下げた要因のようだ。
さらに、2001年から多くのDSL-ISPが値上げを行ない、平均月額料金は約50ドルに上昇したため、満足度はさらに下落しているだろう。
また、設置工事時のトラブルも増加している。大手通信会社Verizonでさえ、同社のDSL新規加入者の22%が申込みから開通まで1~2カヶ月要している。さらに加入者の不満を高めている原因として、カスタマーサービスの応答が極めて悪く、ワシントンポスト紙の調査によれば40分から70分待たせられたという加入者が30%以上だという。この辺は、日本と似たような状況だ。
米国ではDSLAM設置場所から約5.3km以内がDSLサービス対象地域であることから適用領域でCATVインターネットよりも不利な点が多かったが、BellSouthではDSLモデムの性能を改良し伝送距離を伸ばし、現在では自社のサービスエリアの約70%をDSL適用可能地域にしたという。さらに、BellSouthはDellと共同でパソコンとのパッケージ販売を開始し成功している。結果、BellSouthはDSL加入者の78%から満足度を得たそうだ。次いで、EarthLinkも63%の満足度を得ており、DSL分野で成功しているISPといえる。しかしながら、ほかのRegional Bell会社のDSLサービスは低い満足度を示している。特に、シリコンバレーを事業地域に持つPacificBellは29%、SouthwesternBellは38%と惨憺たる状況だ。一方で、AOLが47%、EarthLinkが63%、DirecTVが51%と老舗のISPが健闘している。
DSLでパッケージ販売を行なう場合、パソコンとの組み合せが多いが低価格機種のものが多く、利益率などで見たパッケージの優位性を発揮し難いようだ。
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衛星インターネットは青色吐息
一時期は大いに注目され、有線系ブロードバンドの対象地域外では根強い人気の衛星インターネットは加入数が伸びず、未だに全米で10万加入前後を行き来しておりISP各社も経営的に危ない状況だ。最近では、Global Starが倒産し、General Motors傘下のHughes Network SystemsのDirecWay(以前DirecPCと呼ばれていた)とEchostarのStarbandの2つだけである。今後はGeneral MotorsがHughes Network SystemsをEchostarに売却し、同社を中心に大規模衛星ISPが誕生することで状況が大きく変化すると期待されている。
衛星インターネットが不振の理由は、設置費用が高いことである。これは、FCCが衛星サービス関連業務をすべて規制下に置き、DIYを認めていないため工事費が高いばかりか、工事資格を有する技術者が少ないことから設置工事に1カ月以上待たされるといった問題を作っていることも原因だ。月額使用料も平均的に50から70ドルとCATVやDSLに比べて高い。また、衛星テレビとのパッケージ料金も設定しているがCATVほどの効果は出ていない。結果、満足度は28%と低く、降雪などの気象条件による伝送速度劣化など接続パフォーマンスに関する満足度では、13%の加入者が「非常に不満」と回答している。
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テレビ中心型のブロードバンド
米国のブロードバンドサービスは、テレビとの連動で成長する傾向が見られる。たとえば、CoxCommunicationsのD-STBにはテレビ画面でE-mail、Webアクセスなどの機能が標準搭載され、大型リモコンや赤外線インターフェイス付きリモートキーボードでお茶の間インターネットを目指している。AOLも同じような戦略をAOLTVで展開しており、AIM:AOL Instant Message、チャットなどパソコンで実現できるAOLフル機能に加え、CATVの特徴を活かしたAOLTV Guide、VCR制御機能などをiBOXやWebTVと似たような形状のSTBで提供している。しかし、現時点では56kbpsモデムで電話線経由の接続となっており、今年のクリスマス時期に向けてCATVインターネット、DSLにも対応した多機能STBを開発中である。これらの戦略により、AOLではコンテンツの複数メディア配信を目指している。
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強く感じたCATV業界の一体感
米国では、NCTAを軸としたCATV業界の一体感、団結力が感じられた。DSLなどの他ブロードバンド事業者との競争が激化してきたことから、業界一丸意識がますます強くなり、地域フランチャイズを守りながら健全な競争体制を築いていこうというムードが感じられる。これらの動きは、技術面、標準化活動面でもますます強くなりD-STBの仕様などでも発言力が国際世界でも強くなっていくものと見られる。Excite@Homeの破産宣言以降、一時的にCATVインターネットに対する悲観的な見方が強まり、NewYork Times紙、Washington Post紙などもアンチCATVインターネットキャンペーンを張った。しかし、相変らずCATVが加入者の強い支持を受けている背景には、DSL業界では巨人が消え失せて将来の発展的サービスに失望していることも挙げられるだろう。
翻って、日本国内でもCATV一体感をアピールし、将来のブロードバンドの基盤としての存在感を訴求する必要があろだろう。そのためには、CATV事業者の参加する日本ケーブルテレビ連盟もNCTAを見習って、Telecommunication色を全面に押し出してほしいものだ。
お詫びと訂正
記事初出時、「NorthPoint Communications、Rhythms NetConnections、さらにはアッカ・ネットワークスへの出資者でもあったCovad Communicationsの相次ぐ倒産」との記述がありましたが、Covad Communications社は2001年8月会社更生法を申請し、同12月に会社更生手続きを完了しており、『倒産』の事実はありません。
ここにお詫びし、訂正いたします。
(2002/5/2 Broadband Watch編集部)
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