前回に引き続き、アイ・オー・データ機器が発売しているIEEE 802.11b対応無線LANカードであるWN-B11/PCMをご紹介していこう。
■内部回路のスペック
前編では大雑把にIEEE 802.11bカードの動作ブロックの説明を行なった。後半では、個別の説明をお送りしよう。
【アンテナ】
典型的なダイバーシティアンテナ。左右で別々のアンテナ回路となっている。もっとも、これだけ位置が近いと空間ダイバーシティの効果は殆ど期待できない。この後に続く回路を見ると、時間ダイバーシティや周波数ダイバーシティをサポートする機能はなさそうなので、偏波ダイバーシティと考えるのが順当だろう。一応逆周りのアンテナとなっていることで、その効果は得られるはずだ。アンテナ中央のチップコンデンサの位置を付け替え、先端に接続端子を取り付けることで外部アンテナを使えるようになるというのは先に述べたとおり。この場合は空間ダイバーシティの効果も得られそうだ。
【RFパワーアンプ】
IntersilのHFA3983IVを搭載している。内部構造は下図の通り極めて簡単。見た目こそはデジタルIC風だが、内部はSiGeを使った純然たるアナログアンプである。平均30dB程度の増幅が可能となっている。
【RF/IF コンバータ】
こちらはIntersilのHFA3683AINを搭載している。内部構造は図のような具合だ。中央に位置するPLLが唯一デジタル回路で、他はアナログ回路である。そのためか、このチップもSiGeで作成されている。ここは先に書いたとおり、2.4GHzと600MHzという周波数変換を行なう部分である。中央上下の○印の部分がその周波数変換を行なう部分だ。
この回路がちょっと面白いのは、途中でいったん外部のSAWフィルターを通す関係で、例えば送信側ならTX_MX_OUTからいったん信号を外に出してTXA_INから戻す、あるいは受信側ならRF_OUTから外に出してRX_MX_INからまた入れるという形になっていることだ。IEEE 802.11b専用という風に割り切ればSAWフィルターを内蔵するという解決案もあったのかもしれないが、さまざまな周波数に対応するためにはこの方が柔軟性があってよかったのだろう。また、SAWフィルターを内蔵するのは集積度の点から難しい事も多いので、この点でも外部に出すのが良かったとも言える。ここを経由した信号は、600MHzまで周波数を下げられて次のI/Qモデムに入る。
【I/Qモデム】
ここにはIntersilのHFA3783INを搭載している。内部構造は図のようになっている。低いとはいえアナログ信号を取り扱うためか、このチップもまたSiGe製である。
このチップの目的を簡単に書いてしまえば、ベースバンドチップはI (In Phase)とQ(Quadrature)という2種類の信号を使って送受信を行なっている。そこでこの信号は、受信して600MHzに落とされた信号をIとQに分解する、あるいはIとQに分けてベースバンドチップから送られてきた信号を合成して、600MHzの信号にするという仕事をやっている。そんな訳で、変調のコントロール自体はベースバンドチップが行なっているわけだが、変調そのものはここで行なわれているという事だ。
ちなみにTXI/TXQ/RXI/RXQ(TXが送信、RXが受信である)の4つの信号は全てDifferentialになっているので、実際の信号線は8本ということになる。
【ベースバンドチップ】
ここに使われているのはIntersilのHFA3861BINである。内部構造は図のような具合だ。簡単に内部を説明すると、送信側はまず入力されたデータ信号をモデュレータ(変調器:図中のMOD)を経由してDDDSにあわせて変調する。この際取り出された6bit×2の信号を元に、I信号とQ信号を作成するという仕組みだ。ちなみに、TX ALCというのは送信側のレベル調整(Transmit Auto Level Control)で、送信信号が必要なレベルになるようにするためのコントローラだ。受信側はこの逆パターンである。(AGCというのはAuto Gain Controlの略で、電波が微弱なときは感度を上げ、逆に電波が強ければ感度を下げることで受信レベルを合わせるようにするシステムだ)
このチップはほとんどがデジタル回路ということもあり、CMOSで作成されている。ちなみにPRISMⅡには、このHFA3861のピン互換上位製品として、イコライザ機能を内蔵したHFA3863という製品もあるが、今回は採用されていなかった。そこまでの機能は必要なかったのかもしれない。
【論理層コントローラ】
最後が、論理層のコントローラだ。使われているのはHarrisブランドだが、実際はIntersilのHFA3841CNである。最初に書いたとおり、当初は親会社のHarrisのブランドで製品が出荷されており、この時代の名残だと思われる。このHFA3841は厳密にはPRISM IIには入っていない。PRISM IIは、ベースバンドチップまでの4つを指しており、この3841CNはPRISM向けの論理層コントローラという位置付けである。
内部は図のような構造である。濃い部分がHNA3841で、周辺は外部の回路を指す。ちょっと気になるのはこのHFA8341CN、ホストとのインターフェイスは16bitのPCMCIAカード規格となっており、ここの「【対応機種】」に記された「※本製品は16bit PCカード形状ですが、CardBus対応のパソコンが必要です。」という記述と全然マッチしていない。実際、試しにIBMのThinkPad 755CDに装着してみたところ問題なく動作してしまい、別にCardBus対応でなくても大丈夫な事が確認できた。
察するにアイ・オー・データのこの記述、将来の製品ではPCMCIAベースのものからCardBusのものに変わる可能性があることに配慮してではないかと思う。OEM製品の場合、たまに「型番は変わらないが中身が変わる」事が起こりえる。今回入手したWN-B11/PCMはPCMCIA対応だが、将来はここがCardBusに変わるのかもしれない。まぁその程度に考えておけばよさそうだ。
【SRAM】
論理層コントローラがバッファメモリとしてSRAMを利用する関係で、2つの1Mbit SRAMが搭載されている。使われているのは台湾Elite Semiconductor Memory Technology, Inc.のLP62S1024AX-70LLTである。この製品、128K×8bit構成のSuper Low Power SRAMで、アクセス速度は70nsとなっている。HNA3841のスペックシートに掲載されたメモリ構成例(図参照)そのまんま、という構成で、今なら128K×16bitのSRAM1個で済ませたいところだが、回路を良くみるとWE(Write Enable)のラインがアドレスの上位と下位で別れており、MA0とアドレス上位側のWEが共用という、最近ではあまりやらない念の入った構成になっている。もう8bit幅のSRAMの入手性がよくないので、今ならこうした回路にはしないだろう。当然ながらこのLP62S1024AXも、現在はディスコンになってしまっている。
【FlashMemory】
こちらは論理層コントローラ用のファームウェアを格納するために用意されている。搭載されているのは米Silicon Storage Technology, Inc.のSST39VF010で、128K×8bit、45nsの構成である。
【SAWフィルター】
何度か話が出てきたSAWフィルター。これは純然たるアナログ部品である。ある種の固体の表面に伝わる弾性波と呼ばれる一種の音波を使うことで、入力された波形から符号相関を求められるという特殊なフィルターである。このフィルターは、多くの信号の中から特定の信号だけを抜き出せるというもので、無線LANカードだけではなく携帯電話などにも多く利用されているものだ。回路を追う限り、写真右のものが受信側、写真下のものが送信側に使われているようだ。
【VCO】
Voltage Controlled Oscillatorとは、電圧に応じて周波数が変化するモジュール。802.11bの場合、14のバンドに跨って動的に周波数を変えながら通信する関係で、このVCOを使って周波数制御を行う事が多い。もっとも最近の製品はVCOをオンチップで持つことが多いが、PRISMⅡでは全部外付けになっているのはやはり古い製品ということもあるのだろう。
今回使われているのはいずれもDelta Products Corporationの製品で、Photo28は2023~2125MHzの周波数帯域をサポートするシングルチャネルVCOのVCX-2074S6、Photo29は741~755MHzの範囲をサポートするVCX-748S6である。どちらの製品も「Intersil製品向け」という扱いである(PDFの製品カタログはこちら)
■ということで
そんなわけで、アナログ部品がタップリの無線LANカードであった。ちなみにPRISM2.5やPRISM 3ではチップセットの統合化や周辺回路の簡略化が図られており、ここまであれこれ載っているのは次第に少数派になりつつある傾向にある。あるいはAtheros Communicationsは5GHz帯製品を完全にCMOSによる2チップ構成で完成させるなど、SiGeを使うケースも次第にすくなくなりつつある。僅か3年ほどで様変わりしてしまうのだから、この分野の進歩はPC並かそれ以上と言えるかもしれない。
(2002/04/04)
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