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【 2009/12/25 】
【 2009/12/24 】
BRECIS Communications 新製品発表記者会見

写真1: 社長兼CEOのGeorge Alexy氏
 最近、高速なブロードバンドルータを分解すると、しばしば見かけるのがBRECIS Communications(以下BRECIS社)のMSP2000。非常に小さなベンダーであり、その名前を知らない人も多いと思うが、そのBRECIS社の新製品発表会が去る3月11日に都内で開催された。この発表会には、同社CEOのGeorge Alexy氏(写真1)も来日するなど、気合の入った内容だった。この新製品発表会の内容とあわせて、少し同社の詳細を紹介したいと思う。


ネットワークプロセッサに特化した製品展開

 BRECIS社は1999年半ばに創立された、Fablessのプロセッサベンダーである。社員は70名程度とそれほど大きくない。同社の製品はネットワークプロセッサ、それもコアルータ向けというよりも、エッジルータやレジデンシャルゲートウェイなどの小規模な用途向けに限られる。当然ながらIntelやAMDのように直接エンドユーザーと接点を持つわけではなく、取引の対象は機器メーカーという形になる。例えばMPS2000の場合、プラネックスコミュニケーションズ(BRL- 04FB)、コレガ(BAR HGWL)、オムロン(VIAGGIO MR104DV)といった所が直接の顧客であり、これらの製品を購入することで間接的にBRECIS社の製品を購入することになっているわけだ。

 さて、従来のBRECIS社の製品ラインナップはMSP2000/3000/4000/5000という4製品である。図1から図4までに、各製品の内部構造を示すが、基本となるのはMIPS32 4KmコアとSecurity Engineと呼ばれる暗号/復号アクセラレータで、ここに用途に応じてパケットエンジンやボイスエンジンが搭載される形だ。同社はこの4製品を、写真3の様なセグメント分けで提供している。


図1 MSP2000ブロックダイアグラム 図2 MSP3000ブロックダイアグラム

図3 MSP4000ブロックダイアグラム 図4 MSP5000ブロックダイアグラム

写真2:BRECISのマーケットポジション。同社はMSPシリーズのSoC(System on Chip)とその上で動作するソフトウェアやサービスを提供、これを機器メーカーが購入して各種の製品を作り、ユーザーに提供する 写真3:MPS2000と3000はルーティングのみ、MPS4000と5000がルータ+Voiceのソリューション。ただ、4000/5000は複数回線を同時に扱う能力を持っており、単なるレジデンシャルゲートウェイに搭載するにはややオーバースペック

 ただ、その性能は全般的に抑え目である。例えば最上位のMPS5000の場合、同時VoIPセッションは最大16(資料によっては20)程度で、小規模オフィスには十分でも、本格的なエンタープライズクラスのVoice Gatewayにはちょっと物足りない。あるいはルーティング性能もMSP3000でターゲットにしているのはT1(1.5Mbps)もしくはxDSLクラスだから、例えばIntelのIXP2800などの本格的な製品に比べるとだいぶ見劣りする。

 これに関して同社の戦略は、むしろローエンドに特化するという事だった。というのは、アクセスラインはこのところ急激に増加する傾向にあり、しかも単に1国のトレンドではなく、ワールドワイドに広がりつつあるとしている。(写真4)であれば、高性能だがコアルータなどにしか利用されないハイエンドネットワークプロセッサよりも、ブロードバンドルータなどに大量採用される可能性が高いローエンド製品の方が成長を見込める、というシナリオである。


写真4:2003年末にはxDSL回線だけで6000万に達すると見られている。ちなみに韓国はすでに普及率が18~19%と高いため爆発的な伸びは期待できないが、その他の国は5%内外の普及率なので、まだまだ成長が望めるとしている

MPS2005/2007/2100

 さて、今回BRECIS社が発表したのは、低価格帯のラインナップである。MSP2005/2007/2100というこのラインナップ、既存のMSP2000を補完するようなポジションにある。MSP2000の欠点は、

・PCIバスを装備しないため、例えばMiniPCIカードなどが装着出来ない
・やや機能が過剰、DMZポートやSecurity Engineなどを装備する
・パッケージサイズがやや大きいため実装面積も大きくなる

といった点にある。そこで、

・MSP2005: シリーズ最廉価バージョン。不要な機能を削って低価格化
・MSP2007: MSP2005+PCIバス I/F。低価格無線LANアクセスポイント用。
・MSP2100: シリーズ中のハイエンド。MSP2000と比べてPCIバス I/Fを追加したほか、プロセッサ性能の向上を図る。

という3つの製品を投入した(写真5)。この3製品はパッケージサイズも多少小型化され、実装面積の削減にも貢献している(写真6)。また、このMSP2005/2007/2100で迅速に製品化を行うための、FastStartと呼ばれるプログラムも同時に発表された。これは単にプロセッサだけでなく、リファレンスボードやOS/サービス/アプリケーションまでまとめて全部提供するというものである(写真7、8)。


写真5:マーケットポジションとしてはMSP2005 < MSP2007 < MSP2000 < MSP2100という位置付けになる 写真6:上が既存のMSP2000/4000、下が新しいMSP2005/2007/2100。小型化とは言ってもピン数の関係でそれほど小さなパッケージは使えないが、それでも幾分かの省スペース化にはなる

写真7:リファレンスカードを示すAlexy氏。大きさが大体これでお判りかと思う 写真8:リファレンスカード全景。ちなみに現在搭載されているのはMSP2007だが、MSP2005/2100はピン互換なので、そのまま搭載することが可能である。実際はここにLAN側用の5ポートスイッチや、MiniPCIの代わりにCardBusのI/Fを付けることもあるので、このまま商品化とはいかないが、増設は容易だ

 明確にはされなかったが、おそらくReference Design Guideも提供されるから回路設計も容易なうえ、BRECISからVxWorksやuClinuxなども提供されるなど至れり尽くせり。更にコンサルタントやトレーニングまでが一体になっており、極端なことを言えばそれほど技術力の高くないベンダーでもMSPシリーズをコアにブロードバンドルータの設計・製造が可能になるというものだ。


MSP4000の新ソフトウェア

 同時に、MSP4000向けの新ソフトウェア(というか厳密にはファームウェア)も発表された。これは要するにVoIPゲートウェイを製造する際に必要となるプロトコルを、完全にファームウェアレベルで実装した形で提供するというもの(写真9)。

 また、GIPS(Global IP Sound)社と共同開発した新技術も搭載しており、パケットロスが増えても通話品質を保つ事が可能だとしている(写真10)。これを利用することで、小規模~中規模オフィス向けに競争力のあるVoIP Gatewayを投入できる、というのが同社の主張である。


写真9:今回提供されるのは、一番下の"Voice Processing"層とその上位の"Voice Signaling"層をカバーするファームウェア。ここでカバーされるプロトコルはいずれも検証済みで、直ちにアプリケーションで利用可能 写真10:GIPSのパケットロス遮蔽技術の効果。横軸はパケットロス率、縦軸は通話品質である。GIPSの拡張版G.711にNetEQを組み合わせると、パケットロスが30%に達しても通話品質を損なわない事がわかる

競争相手によっては微妙なスペック

 というわけで簡単に新製品を紹介したわけだが、なかなか微妙なポジションの製品であるというのが正直な感想である。狙い目としてはかなり良いと思う。既存のMSP2000は定格150MHz、実際には180MHzあたりで駆動されていたわけだが、MSP2005などは定格170MHz、実質は200MHz近くで動作するらしい。更にメモリインターフェースを高速化したほか、16KBのScratch PadをL2キャッシュとして新規に追加したため、コア自体のパフォーマンスが多少向上している。

 従来、MSP2000の場合、SmartBits/FTPなどでは90Mbpsオーバーのルーティングパフォーマンスをたたき出しているが、PPPoEセッションになると40~50Mbps程度までガクンと性能が落ちるという傾向があった。これは、PPPoEの実装がそれほどチューニングされていないということもあるが、そもそも処理のオーバーヘッドが結構あるためで、逆に言えばプロセッサ性能を上げたことでこれが多少改善される可能性が出てきたからだ。逆にDMZポートやSecurity Engineに関しては、これを利用する製品はローエンドには少ないから、MSP2005は良い構成だと思う。

 問題はMSP2007である。基本的にはPCIバスを追加した事で、無線LANアクセスポイントへの対応が出来たことになるが、問題はSecurity/Voice機能に欠けている事だ。最近は無線LANのセキュリティ問題が多く取り上げられ、またマーケットのトレンドが実質6Mbps弱の802.11bから、実質20~30Mbpsの802.11a/gに移りつつある現状では、プロセッサにルーティングと暗号化の両方を担わせるとやや負荷が大きすぎる。

 また、日本に特化した話で言えば、Yahoo! BBなどの影響で、きわめて急速にVoIPが標準的に必要とされるようになってしまったが、これもまたCPUのみで処理するには荷が重い。したがって、MSP2007には本来Security Engineと、MSP4000ほど高機能である必要はないがVoice Engineが必要である。というより、ここまでの性能が無いと今後の製品展開には不満が出るだろう。


図5 MSP2005ブロックダイアグラム 図6 MSP2007ブロックダイアグラム

図7 MSP2100 ブロックダイアグラム

相手はIntel IXP400シリーズ

写真11:IDFの基調講演の資料より
 なぜこんな話をするかというと、最近対抗馬として急速に頭角をあらわしてきたIntelのIXP400シリーズにはこうした備えがあるからだ。2003年2月にサンノゼで開催されたIntel Developer Forum Spring 2003で、新しくIXP420/421/422という3製品が発表されたが、このうちIXP420は、ほぼMSP2005と同等のスペックになっている。(写真11

 問題はその上位製品である。IXP421はVoIP Acceralatorを、IXP422はSecurity Acceralatorをそれぞれ搭載しており、最上位にあたるIXP425はこの両方を搭載している。このうちIXP422は米Linksysが発表予定のIEEE 802.11a/b/gトリプルコンボアクセスポイントに採用される事がすでに発表されており、立ち上がりは上々である。

 また、台湾のOEM/ODMメーカーは、ぼちぼちIXP400シリーズのラーニングが終わったと予想され、今後国内メーカーの販売する製品にも、IXP400シリーズを採用した製品が増えてゆくと見られている。幸いな事に、マーケット自体が拡張傾向にあるので、急速にMSPシリーズがシェアを奪われるという事はあまり考えられないが、ただし今後の展開はこれまでとちょっと異なったことになりそうだ。

 BRECIS社のアドバンテージは既存のマーケットシェア、コンサルタントや教育まで含まれるFastAccess Package、それと元来の性能ということになる。単純に考えると266MHz~400MHzのXScaleと、最大200MHzのMIPS32 4KmではXScaleの方が高速なのだが、MSPシリーズは内部の接続に高速なMS Bus(Multi Service Bus)を使っている事で、AHB(Advanced High-performance Bus)やAPB(Advanced Peripheral Bus)をブリッジ経由で複数利用しているIXP400シリーズよりもトータル性能を上げやすいという特徴がある。

 これが、Dhrystone値で言ったらARM9並のMIPS32コアで90Mbpsのスループットをたたき出せる理由の1つではあるのだが、そうは言っても暗号化の状態でスループットを稼ぐためには、ちょっとMSP2007では荷が重い。結局IntelのIXP422と戦うためには最上位のMSP2100が必要なわけで、コスト面で競争力があるのかちょっと心配になってくる。

 ちなみにVoIPに関してはBRECIS社も理解しているようで、次のラインナップはローエンド向けのVoIP向け機能を搭載することになるらしい。ますます激化するブロードバンド向けネットワークプロセッサのマーケットだが、今年はBRECIS対Intelという構図で終始する雰囲気を感じた記者発表会だった。


関連情報

URL
  BRECIS Communications
  http://www.brecis.com/


(槻ノ木 隆)
2003/03/25 15:20
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