6月9日の天神コアラの発表を皮切りに、各事業者から続々と発表された20Mbps超の新世代ADSL。現状は、まだ発表段階にとどまり、サービスインは7月から8月とされているが、実際に気になるのは、やはりこれまでの12Mbps ADSLとの違いや20Mbps超ADSLの全体像だろう。技術的な側面や戦略的な意味合いから24Mbpsの実像に迫ってみる。
■ 全力疾走を続けるADSL事業者
ほぼ1年ごとに高速化を実現するという、すさまじい進化を見せるADSL。技術的な進歩によってユーザーにメリットがもたらされるのであれば、それはそれで歓迎したいところだが、一方でここまで急激な進歩を遂げると、これまでに費やした設備投資費や広告宣伝費が回収できるのか? とも心配になってしまう。
いわば、現在のブロードバンド市場は、3,000万ユーザーの奪い合いを最終的なゴールとしたマラソンのようなもの。端から見ていると、ADSLはフルマラソンを全力疾走しているようにも思え、どこまで息が続くのかと心配になる。マイペースながら徐々にペースアップしているFTTHの影も見え始め、今後のレース展開が注目されるところだ。
しかも、つい先日、公正取引委員会の「インターネットサービスの取引に係る広告表示について」の調査結果といった報道もあった。それだけ社会に大きな影響を与えるほど成長したのかと感心する面もあるのだが、こうなった以上、これまでのようななりふり構わぬレースはできないだろう。
とは言え、今になって歩みを止めるわけにはいかないのがADSLのつらいところ。今回、各事業者から発表された24/26Mbpsの20Mbps超ADSLで、さらなるペースアップを図るしかないのだろう。
■ ADSLの高速化手法は2通り
さて、今回、発表された20Mbps超のADSLだが、これまでのADSLとは異なる大きな新技術が採用されている。「ダブルスペクトラム」だ。
そもそも、ADSLの高速化手法は基本的には2通りしかない。ADSLは、それまでアナログ電話では約4kHzまでしか利用していなかったメタルケーブルを使って、高速なデジタル伝送を行なう技術だ。これまでの8/12Mbps ADSLであれば、26kHz~1102kHz(下りは138kHzから)の帯域全体を4kHzごとの小さな帯域に分け、それぞれの帯域に搬送波を立てて個別に変調してデータを送信する。つまり、このしくみを応用しながら高速化するためには、ひとつの搬送波により多くのデータを載せるか、搬送波自体を増やすという2通りの方法しかないわけだ(もちろんオーバーラップなどの技術もあるが基本的にはこの2つの方法となる)。
今回の20Mbps超ADSLで採用されているダブルスペクトラムとは、このうちの後者の手法。つまり、利用する周波数帯域を広げて、より多くの搬送波によってデータを送信することで速度を向上させる技術となる。具体的には、これまでの1102kHzの倍となる2204kHzまでの帯域を利用してデータを伝送することになる。
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利用する帯域を1102kHzから2204kHzまで引き上げるダブルスペクトラムを採用することで、より高い速度を実現する20Mbps超ADSL
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■ ダブルスペクトラムだけでは速度は16Mbps止まり
しかしながら、単純に帯域を広げるだけでは24Mbpsや26Mbpsの速度は実現できない。たとえば、これまでの12Mbps ADSLの技術をそのまま利用して、単純に帯域だけを2倍に広げた場合、その最大転送速度は16Mbpsにしかならないのだ。
これは、DMTシンボルあたりのフレーム容量が少ないためだ。フレーム容量は「S=」のパラメーターで決定されるが、これが従来の「S=1/2」のままだと20Mbps超の速度は実現できない。具体的には、以下の図を参照してほしい。
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S=1/3やS=1/4を採用することで、DMTシンボルあたりのフレーム容量を増加。ダブルスペクトラムの性能を活かしきるだけのデータを生成する
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要するに、ダブルスペクトラムで帯域を2倍にした場合、各搬送波に15bitフルにデータを載せた状態で理論上28.74Mbpsの伝送速度を実現できるのだが、たとえば「S=1」の場合であれば1回の変調でエラー訂正符号を含んだ255バイトのフレームを1つしか作成できないため、最終的な速度は8.16Mbpsにしかならない。同様に、従来の12Mbpsで採用されていた「S=1/2」では、フレーム容量は2倍になるものの最終的な速度は16.32Mbpsにしかならないことになる。
このため、今回の20Mbps超ADSLでは、「S=1/3」や「S=1/4」などの技術を利用し、DMTシンボルあたりのフレーム容量を3倍や4倍に増やしている。これによって、S=1/3時で24.48Mbps、S=1/4時で32.64Mbpsの速度を実現している。一部の事業者が、今回の20Mbps超ADSLで、理論上30Mbpsの伝送速度と発表しているのは、この「S=1/4」でフル伝送した場合の理論値ということになる。
しかしながら、前述したように、ダブルスペクトラムの場合、138kHz~2204kHzまでの各搬送波(479ビン存在する)に最大となる15bitのデータしか搬送できないため、最大速度は28.74Mbps止まりとなる。しかも、今回の20Mbps超ADSLでは、アマチュア無線との干渉を避けるために、1810kHz~2000kHzまでの帯域で送信電力を落とすなどの対策がなされている。実際の転送速度が24Mbps、オーバーラップを利用した場合で26Mbpsと発表されているのはこういう理由からだ。
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アッカネットワークス公表の20Mbps超ADSLの技術仕様書からの抜粋。PSDマスク(特定周波数帯域における送信信号の電力制限を規定する電力スペクトル密度のマスク値)を見ると、アマチュア無線対策のために、1810kHz~2000kHzまでの帯域で送信電力が落とされていることが確認できる
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■ 2種類の規格が存在
このように、20Mbps超のADSLは、全体的にはダブルスペクトラムとS=1/4という技術によって支えられている。しかし、さらに細かく見てみると、同じ20Mbps超ADSLといってもオーバーラップを除けば2種類の規格があることが確認できる。ひとつは「G.992.1 Annex I」、そしてもうひとつが「G.992.5 Annex A」だ。
AnnexIは、現状、国内のほとんどの事業者が採用を表明している規格で、従来の12Mbps ADSLと同じG.992.1 Annex Cを発展させたものとなる。Annex Cと同様に、ISDNとの干渉を避けるためのデュアルビットマップ方式を採用しながら、ダブルスペクトラムを採用し、さらにトレリスコーディングなどの新しい符号化やS=1/3、S=1/4といったオプションを採用している。一方のG.992.5 Annex A(いわゆるADSL2+)は、国際的な利用が想定された規格だ。Annex IのようなTCM-ISDNとの干渉こそ考慮されていないが、ダブルスペクトラムを利用するなど、ほぼ同じような規格となっている。細かな違いについては以下を参照してほしい。
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G.992.5 AnnexAとG.992.1 AnnexIの違い。細かなオプションなどに違いが見られる
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なお、国内ではYahoo! BBの26MbpsサービスがAnnex Iを採用しない事業者として存在するが、同社の規格がもう一方のG.992.5かどうかは正式には発表されていない。事実上、Annex Aベースでダブルスペクトラムを利用できるのはG.992.5だけなので、ほぼ間違いはないと思われるが、このあたりは同社から詳細な発表や技術仕様が公開されるまで不明だ。
では、どうして事業者によって採用されている規格が異なるのだろうか? これには、規格の策定時期が大きく影響している。実は、G.992.5にもAnnex Cの規格は存在する。つまり、G.992.5でも、AnnexIで規定されているのと同に、TCM-ISDNと同期させながら、ダブルスペクトラムを採用することが可能なわけだ。しかし、G.992.5ベースのAnnex Cは、現在、まだ規格が策定中の段階であり、正式な策定は今年の後半となっている。このため、現時点では、この規格を採用できないわけだ。
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G.992.5 AnnexCの策定はまだ先。サービスインの時期をG.992.5 AnnexAと合わせるためにG.992.1 AnnexIが策定された。さらに、今後は50Mbps超ADSLの登場も控えている
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もちろん、G.992.5ベースのAnnex Cが策定されるまで、市場に20Mbps超のADSLを投入するのを控えるという手もある。しかし、G.992.5 Annex AとG.992.5 Annex Cの正式策定に半年の開きがある以上、それはそのままサービスインの時期の遅れとして現れてしまう。冒頭でも述べたように、各事業者が全力疾走で覇権を争っている最中のADSL市場で、この遅れは命取りにもなりかねない。このため、国内の通信事業者が中心に、G.992.5 Annex Aとほぼ同時期にダブルスペクトラムを採用できるようにAnnex Iを策定したわけだ。
このあたりは、技術的な側面よりも、どちらかというと政治的な思惑が多くからんでいると言えるだろう。
■ 実際の効果が判断できない
このように、さまざまな経緯があるにしろ、無事に20Mbps超ADSLが市場に投入されることとなったわけだが、1ユーザーとして、ひとつ気がかりな点もある。20Mbps超ADSLによって、実際にどれほどのメリットがもたらされるのかが、まったく判断の材料が提供されない点だ。
これまでの12Mbps ADSLなどであれば、正式サービス前にフィールドテストが行なわれ、その結果も公表されていた。このため、実際のリンクアップ速度と距離の関係のグラフなどから、実際の効果がどれくらいあるのかがユーザーにも見えていた。しかし、今回の20Mbps超ADSLに関しては、一部でサービスの事前申し込みが開始されているにもかかわらず、こういったデータが出てこない。
このため、今回の20Mbps超ADSLに関しては、現段階では、事業者以外、誰もその効果がわからない。中には、伝送距離と速度の関係の予想グラフやイメージ図をWebサイトに掲載している事業者もあるが、実測に基づいていない予想データでは意味がないだろう。こんな予想グラフを掲載するくらいなら、一度くらいは試しているはずの実験環境での結果を掲載した方がまだマシだ。
12Mbpsサービスの開始時のように、技術的な側面から速度向上の効果がきちんと説明されているなら、実際の効果もある程度は推測できるが、今回の20Mbps超ADSLでは、拡張された高い周波数帯は減衰しやすいとか、1000kHz以上を利用するAMラジオからの干渉が予想されるとか、技術的に見てもネガティブな要素が多い。20Mbps超ADSLという名称を用い、しかも既存のサービスより高額な料金を徴収しようとしているのだから、早くその根拠がどこにあるのかを実際のデータでユーザーに示すべきだ。これでは、公正取引委員会から注意を受けても文句は言えない。
今回の20Mbps超ADSLでは、NTTの接続約款の問題なども話題になってはいるが、個人的には実際の検証が不十分なまま、もしくはその結果がユーザーに公開されないままサービスインすることが問題だ。他事業者に一歩でも先んじたい気持ちはわかるが、そろそろブロードバンド市場全体を見据えて、各事業者が協調し、一緒にブロードバンド市場を盛り上げていくべき時期なのではないだろうか?
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2003/07/01 11:39
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