本連載でも紹介してきたとおり、国内のブロードバンドコンテンツ流通市場もようやく形が見えてきた。ユーザーの立場で見れば、光ファイバ、DSL、CATVなど有線によるブロードバンドインターネットを通じて配信されるコンテンツも、地上波・衛星(BS/CS)デジタルTV放送など電波を通じて配信されるコンテンツにも差はないように思えるが、業界ではどんな動きをしているのか探ってみた。
■30cmメディア vs 3mメディア
放送業界では、無線周波を使うTV放送と、おもに有線ケーブルによるブロードバンドインターネットを介してのコンテンツ配信を、ユーザー(視聴者)がコンテンツを見る際の画面までの距離に着眼して、TV受像機で見る前者を3mメディア、パソコンやPDA画面で見る後者を30cmメディアと呼んでいる(コンテンツを見る画面サイズでわける場合もあるらしい)。
国内では、通信と放送の融合が米国に比べると立ち遅れているために、このような分類があるのかもしれない。つまり、有線テレビジョン法下にある放送事業者は3m、一方、電気通信事業法下の通信事業者は30cmの世界でアプローチをしてきたといってもよいだろう。規制という観点で見れば、3mメディアは放送されるコンテンツの倫理規定などを含め厳密な規制が存在しているのに対し、30cmメディアのほうは、放送業界関係者が「放送まがい」といってるように、放送そのものに関しては比較的緩い規制下にあるといえる。
こういう背景があるからかどうかはわからないが、30cmメディア向け、3mメディア向けでは、コンテンツ制作から編集、配信の各過程ですべて異なるプロセスを踏んでいるようだ。たとえば、7月に行なわれた某人気女性歌手の東京ドームライブにおいても、カメラ系、画像編集系、そして配信系はまったく別系統で行なわれ、当然ながら技術スタッフも別々に編成されていたそうだ。
なぜこうなるか、と聞けばコンテンツを3mで見るか、30cmで見るかによってカメラアングル、コンテンツサイズ、色合い、音響効果がまったく違うために別々に作成せざるを得ないのだそうだ。模範解答にも聞こえるが、いずれにしてもコンテンツ制作コストは倍になっているわけで、ツケが回されるかもしれないユーザーには歓迎される話ではない。
■どうやって儲ける?
これまで、コンテンツ配信に関わるビジネスで成功したビジネスモデルは少ない。数年前に大ブームを巻き起こしたVOD(Video On Demand)。フロリダ州オーランドの実験住宅には世界中から業界関係者が大挙して訪れ、情報通信関連のセミナーの演題にもVODというキーワードが含まれないものはなかった。しかし、これらのブームもしらない間にどこかに消え失せてしまった。
その後、NTTがマイクロソフトやSGIと共同で幕張、横須賀地区などで実施したトライアルも、巨費は投じられたものの、ビジネスとしてふ化するまでには至らなかった。これらの実験は、まさにブロードバンドを駆使したコンテンツ配信ビジネスを指向したもので、大いに商用化サービスを期待されていたが、立派な報告書ができただけのものであった。
余談ではあるが、NTTが先ごろ設立したNTTブロードバンドイニシアティブにはこの大実験の成果や経験は人的リソースを含めて活かされているのだろうか。この分野で真にイニシアティブを発揮していきたいのであれば、これまでの実験資産を有効に活かしつつ、早期にビジネスを立ち上げる具体的な経営戦略がほしい。
話を戻そう。3mメディアの関係者は、どのようなビジネスモデルを考えているのであるだろうか? 巨額の聴取料が転がり込むNHKはブロードバンド放送時代でも安穏としていられるかもしれないが、これまでもずっとCMスポンサーからの広告宣伝収入に頼ってきた民放各社のブロードバンド戦略が気になるところだ。
スポンサーからすれば、30cmメディアでの動画バナー広告と従来型の3mメディア向けとの広告効果を比較するであるだろう。30cmメディアの画質が向上し3mメディアとの差が縮まってくると、どうなるのか興味あるところだ。もっとも、3mメディアの場合には、大画面を数人で見ていると想定すれば、人数分の訴求力を期待できるともいえよう。一方、30cmメディアの場合には、個人属性にマッチした広告宣伝をピンポイントで配信できる特徴を活かして、新しい形の広告市場形成が可能かもしれない。
また、ブロードバンドインターネット環境と簡単な機材で誰でも個人TV放送局を開設できるようになると、スポンサー自らがブロードバンドインターネット放送局を開設し自分の店舗内や街頭での訴求も行なうようになるかもしれない。
インターネットを媒介としたバナー広告業界も陰りが見えはじめた今日、新たなブロードバンドインターネット上での広告宣伝のあり方を含め、すぐれたブロードバンドコンテンツをいかに制作、提供していくかを検討する必要があるだろう。
一方、ラジオ、TVといったあらゆる放送メディアの視聴料を独り占めにしているNHKの収入構造、競争構造に関しても見直す時期にあるだろう。英国をはじめとする多くの国が導入しているTV License方式の検討もすべきだ。英国では、TV受像機を所有することに対してライセンスを与え、受像機1台に対して一定額を徴収し、国営放送であるBBCと民放局に分配される。ただし、現時点では、宣伝広告を自由にでき、自社の放送時間をリセールすることもできる民放局よりは制約の多いBBCへの配分額は圧倒的に多い。
このTVライセンス方式が導入されると、「ウチじゃあNHK見てないから」とTV視聴料の不払いを続けている輩は逃れられなくなる。結果、結構大きな金が民放にも配布されるかもしれない。
■1粒で2度おいしいコンテンツ作り
CATVや衛星TVの普及により日本よりも多チャンネル化が進んでいる欧米では、チャンネル数に対応したコンテンツの確保に苦労しているのが実態だ。ひと昔前の名作映画や、懐かしのTV映画が見られるのはうれしいが、真のブロードバンド時代にはほど遠いコンテンツ事情である。わが国のブロードバンドコンテンツも30cm、3m共に著作権切れしたモノクロ映像や安くなった昔のマンガを繰り返し配信するような事態にならなければ、と危惧している。
そこで、これまでのように30cm向け、3m向けで別々の世界で行なわれてきたコンテンツ制作現場を一本化し、制作コスト削減を目指す戦略が必要だ。また、同じコンテンツをデジタル編集し“one content multiple use”することでコンテンツを多目的利用する工夫もほしいものである。
■急がれる著作権法の整備
読者の多くも、国際線の機内ニュースや海外の日本語衛星放送のニュース番組で、突如静止画に変わってしまった、という奇異なスポーツニュースを経験したことがあるだろう。これは、映像権に関わる複雑な規制によるものだ。つまり、地上波TV向けに契約して放送中継権を得た場合、録画映像ですら別の放送系には流せないのである。従って、この辺の法整備を行なわないとone content multiple useも絵に描いた餅になってしまう。
10月から本格サービスが始まるFOMAなどの3G携帯電話ではワイヤレスブロードバンドが実現され、同時にモバイルに焦点をあてたコンテンツが注目される。従来からの3mメディアや30cmメディアは別のいい方をすれば、前者はBroadcasting、後者はPointcastingサービスといえる。これらに、ワイヤレスブロードバンドを使って位置情報という新たなパラメータを加えたLocation Sensitive Pointcastingが加わることになり、ますます多様化したコンテンツが求められる。そのためにも、早期に著作権を巡る環境整備を進めてほしい。
コンテンツとブロードバンドを抑えるものがメディアを征する、というIT業界のセオリーがあるが、ブロードバンド時代のコンテンツ配信市場に大いに注目していきたい。
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