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【テクノドリームI】
「スペースコロニーは実現できるか」富野監督が東大で工学を語る

 東京大学駒場キャンパスで14日、同大学工学部主催のイベント「テクノドリームI:工学~それは夢を実現する体系」が開催された。ゲストには「機動戦士ガンダム」で知られるアニメーション監督の富野由悠季氏が登場し、現役の工学部教員らとともに「工学の未来」について語り合った。


SFクリエイター招き「工学のロマン」を語る

アニメーション監督の富野由悠季氏
 今回のイベントの発端は、若者たちの“理工系離れ”が進んでいる現状にあるという。主催者らはその原因を「かつて工学にあふれていた夢・ロマンを若者が描きにくくなったため」と分析。そこでSFクリエイターらを招いて、工学の夢を新たに描こうというのが最大の目的だという。

 テクノドリームは継続的な開催を予定しており、富野氏はその第1回のゲストとして登場した。定員536名の教室は定刻前には9割方埋まる盛況ぶりで、富野氏の人気の一端が伺えた。また討論の内容は工学の話題に軸足を置きながらも、さまざまな方向へと展開。歯に衣着せぬ発言で知られる監督ならではの語り口も加わり、聴衆は熱心に耳を傾けていた。

 討論には東京大学情報理工学系研究科長の下山勲教授、工学部・航空宇宙工学科の中須賀真一教授が参加した。司会進行は工学部広報室の内田麻理香氏が担当。なお本討論会の模様は、東京大学の公開授業などを映像配信するWebサイト「東大.TV」での無料配信を検討中という。


会場となった東京大学駒場キャンパス
開演15分前の様子。ガンダムファンも多かったようだ

「スペースコロニーは実現できるか」を工学の観点で熱く議論

司会進行の東京大学 工学部広報室の内田麻理香氏(左)と富野氏
 討論会は「中学生時代に『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を見て、スペースコロニーを実現させたいと思って工学の道に進んだ」という内田氏が、イベント打ち合わせの際に富野氏が漏らした発言を紹介する形でスタートした。それは「ガンダム作中に登場する『スペースコロニー』(宇宙空間に浮かぶ、円筒状の巨大な居住施設)を実現させるのは到底不可能ではないか」という言葉だ。

 富野氏は「10年ほど前からの考えだ。最新の金属工学などを鑑みても、まずコロニーの外壁には放射線を防ぐために10mから20mという厚さの鉛を用いらなければならない。また円筒が回転することによって、慣性による擬似的な重力を発生させるがあくまでもこれは疑似。1000年から2000年住み続けられる構造体にはなり得ない」と説明する。

 また地球は、驚異的な“静かさ”を誇っているという。自転する地球の表面に立つ人類は、音速の数倍で移動していることになる。「にもかかわらず、海でも山でもいいがシーンとした環境はある。こんな環境を作れるものなら作ってみろ」と教授らを挑発するように富野氏が語ると、会場からは笑いが起こっていた。

 中須賀氏も、「数十m厚におよぶはずの鉛外壁の構築や、真空の宇宙でコロニー全体を与圧することは確かに困難」と返答。また、それ以上に難しいのがスペースコロニーを建設するだけの資材をどのように運搬するかであり、中須賀氏は「地上から宇宙への物資運搬がはるかに容易にならなければコロニー建設は難しい」との分析を示した。

 しかし、中須賀氏はそういった技術面の難しさを踏まえてでも「人類は宇宙に出て行くだろう。体の中で感じる」と、ガンダムの「ニュータイプ」(宇宙での暮らしに適合した新たな人類の総称とされるが、定義はあいまい)を思わせる発言で会場を盛り上げた。また、「実際の宇宙空間は気持ちが悪くなるし、現実の宇宙ステーションの中は臭くて汚い。シャワーも浴びられずトイレも故障している。しかし、それでも新しい土地へ挑戦したいという気持ちが人類にはある」とした。

 下山氏もコロニーの実現可能性について「例えば『永久機関』は、現代科学では不可能だと完全に否定されている。逆に完全に否定されていなければ、ガンダム世界の半径3000m級のコロニーは難しいかもしれないが、なんらかの形で実現されるはずだ」と言及。放射線防御の問題についても鉛を使うべきなのかも含めて検討しなければならないが、最近の科学動向をみると自律的に補修を行なう金属も不可能ではないと語り、技術の進歩に期待を寄せた。


東京大学情報理工学系研究科長の下山勲教授
工学部・航空宇宙工学科の中須賀真一教授(手前)

「人型ロボットになんか乗りたくない!?」

 東京大学ではITとRT(ロボット技術)を組み合わせた「IRT」という概念のもと、高齢化社会に貢献するロボット技術の実現などに取り組んでいる。その取り組みを初めて知ったという富野氏は「ホームページを斜め読みしただけだが、基本的には『高齢者が死にきるまでの看護くらい、ロボットでやろうぜ』という真意だと思うが、それはもっともなこと」だとコメント。「自身や家族がいつ介護される側になってもおかしくなく、また若い世代に迷惑をかけたくない」という考えを持つ富野氏も「ロボット化された社会の中で死んでいくように努力したいと思うのでどうぞよろしく」と好意的(?)かつ自虐的な意見を示した。

 ただしその取り組みの“伝え方”は問題で、「東京大学が拠点を構え、何々先生がやっていますとなると、全部わからなくなる」と富野氏は指摘。この現象は、今の子供たちを東京大学工学部へ子供達を導けていない現状にもつながるという。

 また、ロボット工学そのものについても疑問を呈した。「人間がやるべきことを代行するロボットを作るということは、人間が何もしなくても済むという『人間としての性能劣化』を社会的に認知させるだけかもしれない」「ロボットが社会に溶け込んでいない現在すら、日本人は性能劣化しているのでは」。

 技術論だけを追求することの危うさは、ガンダムを演出した際にも感じたという。「少年をロボットに乗り込ませ、アニメとして動かせば動かすほど『あんなものには乗りたくない!』『上下動するロボットになんて誰が乗るか! 船酔いなんてレベルではない。四輪車の方がよほどマシ』と実感した。そう言いきれる!」と富野氏が告白すると、会場に集まっていた熱心なファンは爆笑していた。

 富野氏の発言を受け、下山氏も応戦。「現在の出生率を鑑みると、数十年先まで労働力が不足することは確定的」とし、ガンダムではないにせよ、なんらかの形でロボットの助力が必要だと説明する。また将来工学部を志望してもらえるよう、小中学生らへ最新テクノロジーを伝える努力が必要だと認めていた。


今の世代は「35歳までは青少年」

討論会の様子
 「幼いころからもの作りに親しんでいなければ、工学を志望する意味などないのではないか」。富野氏はイベント開催前の打ち合わせの席で、そう指摘したという。この点について中須賀氏は「工学部に入るまで半田ごてを一度も握ったことなく、電子回路についても知らない学生もいる。最初は不安に思ったが、やり始めると素養はあるし覚えも早い。『ものを作る』という気さえ起こらなくなるほどの情報社会の中で、それらに触れる機会がなかったのだろう」と説明した。

 これを受けて中須賀氏は「子供のころからもの作りに親しむことは確かに大事」と認めた上で、ただ本当に重要なのは、大学に入ってからでも遅くないということだ」とコメント。富野氏も「工学などのもの作りを志望する以上、子供のころからもの作りを知らなければいけないというのが基本的な考えだが、今の中高生で精密なもの作りに邁進している子はいないだろう」とし、「秋葉原で電子部品を買い集めるのも、所詮は(もの作りではなく)『組み立て』にすぎない。原理的なレベルでもの作りしてほしい」との考えを示した。

 一方で富野氏は、「若い世代には伝わりづらいかもしれないが、必死でわかってほしい」と前置きした上で、現代が人生80年社会に突入しており、一昔前なら平均寿命であったはずの60歳で亡くなることが、若すぎる死と捉えられるという現状を指摘。年齢に対する感覚が大きく変化しているとした。

 富野氏は「結論としては、今の30歳は、十数年ほど前の一昔前でいえば、20歳なんだ。自分が60歳を迎えてそう実感した。10年ほど前、20歳以上の人を冗談で『青少年』と呼んでいたが、それはいまや実感」と断じる。能力論ではなく、精神論の面では「35歳までは青少年と呼びきる」との考えを示した。


東京大学とのコラボレーションを富野氏が快諾

東京大学のコラボレーションを「ぜひ力になれれば」と快諾した富野氏
 富野氏は世界の人口についても言及。「地球人口が100億などに達してしまったなら、地球環境から見てみれば『一番面倒なこいつら人間をどうにかしてしまえ』というSF的な発想に行きつく。ただこの発想を冗談ではすませられない段階になってきている」。

 人口増加によって発生する問題の解決策にはさまざまな課題が考えられる中で、富野氏は「政治や宗教といった国家間の立場の相違」をその中の1つとして指摘。文化や倫理を乗り越えて問題解決の道を探れる工学の潜在能力を指摘し、「きわめて客観的な視点をもつ工学なら、地球を永遠に使っていけるだけの循環工学あるいは地球工学を目指せるはずだ」と工学の重要性を強調した。

 また下山氏からは電撃的に、東京大学と富野氏によるコラボレーションが提案された。将来の地球のあり方などを映像メディアなどさまざまな形で東京大学から発信したいという要望に富野氏は「身に余るお誘いで恐縮ですがぜひ力になれれば」と快諾、聴衆から万雷の拍手を浴びていた。


「お金を稼ぐ」ことの重要さを学生にアピール

討論会第2部には三洋電機の田端輝夫氏(左)と東洋エンジニアリングの内田正之氏も加わった
 討論会後半は第2部として、東大OBである三洋電機の田端輝夫氏と、東洋エンジニアリングの内田正之氏の2名も加わって、実業の現場をふまえたディスカッションが展開された。両氏から「創エネ」に向けた太陽電池技術、ペルシャ湾でのガス田開発に関する具体的なプレゼンテーションがなされ、富野氏もメモをとりつつ聞き入っていた。

 第2部で大きなテーマになったのが「社会に役立つ技術」「お金儲けの大事さ」だ。きっかけとなったのが田端氏の発言。大学時代は研究生活に没頭していたという田端氏だが、社会へ飛び出したあと「お金を儲ける」ことの重要性を認識したという。「お金を儲けると言うことは、役立つものをお客さんに使ってもらっているということの証だ」(田端氏)

 富野氏もこの発言に賛同。「お金があるということは安心を手に入れられるということ。そしてお金を手に入れるということは、この背後に自分を支援してくれる人の存在を実感できる」と語る富野氏は、「他人との関係性を示す1つの道具が金銭である」と語った。

 さらに“喜び”についても、「自分だけで得た『やったぜ』という達成感と、3人くらいの友達に本気で褒められたときの喜びは桁が違う。ましてや名前も知らない他人に喜んでもらったという事実は、決定的な自信になる」と、アニメ作品づくりを通した実感を述べ、「なので、ぜひお金儲けをしてください」と呼びかけた。

 討論会最後のまとめとして富野氏は、下山氏が直前に言及した「国際性の重要さ」を受け、ハリウッド映画にまつわる考えを示した。「ハリウッド映画がこれだけの大きさになった理由として、多人種が集まるアメリカという国の構造があり、言葉が通じない相手にも伝わる物語作りの面で研鑽があったからだと思う。グローバルスタンダードとは制作者1人の趣味でできあがるものではない。日本も明治以降、他国の文化を融合させてきているので、21世紀以降もそれができるはず。諸君らの活力に期待するものであります。ジーク……(ジオン)」とみずからガンダムの名台詞を語り、約2時間におよぶ討論を締めくくった。


関連情報

URL
  「テクノドリームI」の開催概要(東京大学工学部)
  http://www.t.u-tokyo.ac.jp/public/event/tech_dream01.html
  東大.TV
  http://todai.tv/


(森田秀一)
2008/06/16 12:52
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