のろし、太鼓、鐘、ラッパ、伝令、手旗、飛脚、伝書鳩……。太古から私達は、情報を伝達するための様々な手段を考案してきた。視覚や聴覚に直接訴えることから始まり、やがて人や鳩といった媒介(メディア)を使い、私達はより早くより遠くまで情報を伝えようとした。
やがて、メディアの主役が電気や電波に変わり、現在は、全国津々浦々まで張り巡らされた通信網を使った、様々な形態のコミュニケーションが生まれている。なかでも特に注目され、ユーザー数やシステム的にも成長著しいのがインターネットだ。
この連載では、ふだん何気なく使っている、そんなインターネットを中心とした情報通信の舞台裏をちょっと覗いてみようではないかという企画である。
記事は、基本的に取材ベースで構成。最初のターゲットとして、通信に不可欠なNTTのインフラや、間もなく始まる「Bフレッツ」をはじめとする常時接続サービスのレポートを予定している。それに先立ち、今週と来週の2回は、「通信の基礎知識」と題して、通信インフラにまつわる基本的なお話をお届けしたい。
■電気通信の歴史
現在使われている伝送手段には、「電気」「光」「電波」の3種類があるが、今回は、もっともオーソドックスな、電気で送る電気通信のお話だ。
18世紀に電気が発見され、電気と磁気との関係や、これらを操る方法が明らかになっていくと、これを通信に応用しようとする数多くの実験が試みられるようになる。サミュエル・モールスもその一人で、彼は電磁石を使って情報を送ることを考案し、1837年に電信機を発明した。
モールスが最初に作った電信機は、電気のオン・オフでペンを動かす装置だった。送信機は、凸凹をなぞって電源を入れたり切ったりするようになっており、これが、受信機の電磁石に断続的な電流を流す。電磁石は、電流が流れたときだけペンを取り付けたアームを引き寄せるので、ペンの下の紙をゆっくり送ると、オン・オフのパターンがそのまま紙に描かれるという仕組みである。
モールスは後に、電源のオン・オフを指先で操作できる電鍵や音の出る仕掛けを取り付け、長短の組み合わせで文字を表わすモールス符号を考案する。そして1844年には、ワシントン~ボルティモア間の通信実験に成功し、本格的な電気通信時代の幕が開いた。
10年後の1854年には、幕府への献上物のひとつとして、ペリーの手によって電信機が日本国内に持ち込まれる。当時、横浜で公開実験も行なわれているが、東京~横浜間の電信事業が始まるのは、それから15年後の1869年のことである。
モールスの発明以来、電信網は世界中に広まり、100年以上の長期に渡って、有線そして無線の主要な通信手段として貢献した。まさに、通信の黎明期を支えた立て役者だったわけだが、近年、次第にお呼びがかからなくなり、1999年には、残された唯一の演目である無線電信を使った海上移動通信業務も廃止。もはや業務通信の世界では、すっかり過去のものとなってしまった。
その電信から遅れること30年。今度は、電気を使って直接声を伝えようという、特殊な技能を必要としない新しいタイプの通信実験があちらこちらで繰り広げられていた。そんな中で、1876年にいち早く特許を取得し、電話の発明者となったのがグラハム・ベルである。
ベルの電話機には、空気の振動で磁界を変化させて電気信号を取り出したり、その電気信号で磁界を変化させて振動板を動かしたりする、マグネチック型の送話器兼受話器が使われていた。が、これは感度も特性も悪く、実用化されたとはいうものの、あまり実用的なものではなかった。
1877年、ベルは、現在のAT&Tの前身となるベル電話会社を設立し、通信事業を開始。その翌年には、トーマス・エジソンが電話機の性能を飛躍的に向上させる、カーボン型の送話器を開発する。カーボン型は、炭素粒の電気抵抗が圧力で変化するのを利用したもので、圧電型やダイナミック型が主流になるつい最近まで、電話機には欠かせない存在だった。
1877年には、ベルの電話機が早くも我が国に輸入され、1年後にはこれをまねた国産1号機が誕生する。が、ベル式の電話機は性能が芳しくなく、実用化のメドが立つのはそれから10年後。送話器に炭素棒を使ったカーボン型の電話機が輸入されてからのことである。1889年、東京~熱海間で1年間の商用実験が行なわれ、1890年にようやく、東京~横浜間で電話の交換業務が開始されたのである。
■信号を電気で送る
ケーブルにかける電圧をON/OFFして情報を伝える、デジタル方式の原点ともいえる電信と、音の振動を電圧の振動(振幅の変化)に変えて伝えるアナログ方式の電話。いずれも、導線の中に流す電気を使って情報を運んでいるわけだが、この電気には、少々やっかいな性質がある。
金属のように電気をよく通すものを導体という。なかでも銅は、銀に次いで電気を通しやすい(導電率が高い)物質で、加工しやすく容易に入手できることから、電線の導体すなわち導線には、好んでこの銅が使われている。
しかし、電気を通しやすいとはいうものの、銅にもわずかながら抵抗はある。しかも導線が細くなればなるほど、長くなればなるほど抵抗は大きくなり、電気が伝わりにくくなってしまう。
太い導線は、扱いにくくコスト的にも不利であることはいうまでもない。かといって、損失分を見込んで電圧をどんどん上げていくのも現実的ではない。ここでいう抵抗は、変化しない直流に対する純抵抗の話だが、音声信号やON/OFFの繰り返しのような変化する信号を流すと、さらにめんどうなことが起こってしまう。
たとえば、導線に電流を流すと電流の進行方向右回りに電流の大きさに比例した磁界が発生するのはご存知のとおり。
導線をぐるぐる巻き、中に鉄心を入れて磁束を束ねてやると電磁石ができあがるわけだが、その電磁パワーの源がこれだ。電流が変化すれば、それに伴なって磁束も変化するわけだが、導体に磁束の変化を与えると、今度はその変化を打ち消そうとする方向に起電力が生じてしまう。
こちらは、発電機や変圧器に応用されている電磁誘導と呼ばれているもので、時間あたりの磁束の変化量に比例して大きな起電力が発生する。すなわち、高い周波数の交流や直流をON/OFFする瞬間に、自分自信はもちろん、接近した他の導線に影響を与えてしまう。
激しく変化する高周波ほど損失が大きくなり、ON/OFFのようなパルス的な変化は、立ち上がりや立下りがどんどんなまっていく。情報をたくさん送ろうとして、ON/OFFのスピードを上げていくと、やがては信号が正しく伝わらなくなってしまうのである。
電気は、導線さえあれば比較的簡単に通信環境が実現できるのだが、高速なデジタル信号の長距離伝送は苦手というのがポイントだろうか。
ちなみに、パソコンの各種周辺インターフェイスのような短距離系では、先にお話したとおりの、元信号をそのまま伝送路に送り出す方式が多い。しかし長距離通信回線では、元信号をそのまま送り出すケースは少なく、搬送用のアナログ信号に乗せて(変調)送り、受信側で元信号を取り出す(復調)やり方が一般的。距離を延長するためには、信号が完全に劣化してしまわないうちに受信~再送信を行なう中継設備を設置していく。
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