19世紀の半ばに電信が発明され、やがて電話の登場で、電気通信は誰でも使える身近なものへと変わっていく。だがいずれにしても、電気を使って情報を伝達するからには、運搬役となる電気を流すための電線を引いておかなければならない。
これは、現代でもコストや手間のかかるたいへんな作業なのだが、なかでもとりわけ、海を越えたケーブルの敷設は難航を極める作業のひとつだった。
■無線通信の歴史
大西洋を横断する海底ケーブルの敷設に手を焼いていた1864年、スコットランドの物理学者マクスウェルは、磁界と電界が連鎖しながら空間を伝搬していく電磁波の存在を予言した。そして24年後の1888年、マクスウェルの電磁理論がヘルツによって実証される。
ヘルツが実験に用いた送信機は、誘導コイルを使って高電圧を作り、僅かに隙間が開いた電極間で火花放電を起こすという装置である。
近代的な送信機とは違い、車のエンジンに付いている点火装置の親戚みたいなもので、放電によって高い電気の振動が生まれると、電磁波が放射されるという仕組みである。
実際、車のエンジンはもちろん、電子ライターの火花放電でも、立派に電波が放射されることを確認できる(AMラジオの近くで着火~火はつかなくてよい~するとブツッというノイズが入る)。
受信機のほうはこの電磁波に同調する大きさのリングで、送信機と同じように僅かな隙間が作られている。強い電磁波を受けて電流が誘発されると、この隙間に火花が飛んで確認できるという仕掛けである。
1895年には、イタリアのマルコニーやロシアのポポフらが、ヘルツ式の送信機とコヒーラー(*1) を検波器に使った受信機で、無線電信の実験に成功する。ヘルツの送信機は、元々が電波を出したり止めたりする仕掛けなので、電信への応用にはたいへん都合がよかったのだ。
マルコニーはその後特許を取得し、1901年にはついに無線による大西洋横断通信という偉業を達成する。またこれと前後して、フェッセンデンが電磁波に声を乗せる実験に成功し(1900年)、ラジオ放送や無線電話への道も開かれたのだった。
|
*1 |
|
金属の粉末を入れたガラス管に電極を付けたもの。通常は、金属粉末の表面に酸化膜ができているため接触抵抗が高いのだが、電磁波を受けると酸化膜が破壊されて接触抵抗が下がり導通する。
|
|
■信号を電波で送る
振動する電界と磁界が連鎖しながら空間を伝搬していく現象を電磁波といい、電磁波の中でも3000GHz以下、すなわち1秒間の振動が3兆回までのものを特に電波と呼んでいる(電波法での定義)。
一般には、これをさらに10倍単位で区分して付けられた呼び名で呼ぶことが多く、長波帯からミリ波帯が実際に通信に使われている(表参照)。
一般に浸透している呼び名としては、ラジオ放送に使われている「中波」や「短波」、テレビでおなじみの「VHF」や「UHF」、中継回線や携帯機器の「マイクロウェーブ(マイクロ波)」あたりだろうか。
さらに高い周波数の電磁波はというと、赤外線や可視光線、紫外線、X線、γ線と、熱線や光線、化学線の世界に突入していく。実は、電波も光も同じ電磁波の仲間であり、特に高い周波帯の電波は、直進性や反射など光とよく似た性質を持ってる。
さて、マルコニーの無線電信が、電波そのものを出したり止めたりするスタイル(*2) だったのに対し、フェッセンデンは、出しっぱなしの電波を変化させることによって、別の信号をそこに乗せるという、現在の通信技術に通ずる画期的な手法が用いられている。
このように、信号波に応じて別の信号(搬送波)を変化させることを変調、そこから元の信号を取り出すことを復調(本来は高周波を検知するという意味である「検波」を、復調と同じ意味で用いることも多い)という。
フェッセンデンが用いたのは、いわゆる「AMラジオ」と同じ、音声信号に応じて電波の振幅を変化させる振幅変調(AM~Amplitude Modulation)と呼ばれるタイプで、受信した電波から振幅の変化を取り出せば、元信号が復元できるという仕組みである。
ちなみに搬送波を変調すると、搬送波の周波数成分は一定の帯域に広がる。たとえばこのAM変調で、4kHzの帯域幅を持つ信号波(電話の音声程度)を乗せると、搬送波を中心に、上側と下側に信号波と同じ形の対称的な周波数成分が現われる(*3) 。すなわち、搬送波を中心とした8kHzの帯域が使われることになるわけだ。
信号波の帯域を広げれば、それに応じて使用する電波の帯域も広がる。言い換えると、同じ変調方法なら広い帯域幅が利用できるほど、より高速な高帯域の伝送が可能になる。
変化させることのできる搬送波の要素には、このほかに周波数や位相もあり、周波数変調はFM(Frequency Modulation)、位相変調はPM(Phase Modulation)と呼んでいる。
デジタル信号を乗せるデジタル変調も同様に、これら3種類のパラメータの変化を使って、0や1の状態を伝送するのが基本。アナログ変調とは呼び名が少し違うが、振幅はASK(Amplitude Shift Keying)、周波数はFSK(Frequency Shift Keying)、位相はPSK(Phase Shift Keying)という。
また、1回の変調でより多くのビットを乗せられるように、振幅と位相の両方を組み合わせた、直交振幅変調(QAM~Quadrature Amplitude Modulation)と呼ばれるタイプもよく用いられている。
|
*2 |
|
変調されていない連続波(持続波)のことをCW(Continuous Wave)といい、この連続波の断続で通信する無線電信もまたCWと呼ばれている。
|
|
|
*3 |
|
復調は、上下どちらか一方があれば可能なので、テレビなどでは一方だけ送る単側波帯方式(SSB~Single Side Band)を採用し、帯域を効率よく使っている。
|
|
■電波のメリット、デメリット
ケーブル不要の無線通信というのが電波を利用する最大の利点であり、同時に、電波を使う上での大きな制約でもある。
ケーブルさえ引けば、基本的にいくらでも通信路が確保できる有線通信と違い、電波を使う無線通信は、「電波」という限りある資源の共有の上で成り立っている。
ケーブルのような物理的なセパレーションはないので、勝手に使われたのでは互いに干渉し合い、まともな通信手段として利用できなくなってしまうのだ。
そこで、電波の利用にあたっては、国内や国際間で細かな取り決めがなされ、原則的に免許制という形での運用になっている。
電波の伝わり方は、使用する周波数帯によって大きく異なるので、干渉する範囲(サービスエリアでもある)を一概に決めることはできないが、同じ帯域であれば、出力を上げれば到達する距離が延び、影響を与えるエリアも広がっていく。
逆に、極めて微弱な電波(総務省令で定める微弱無線局に該当するもの)に関しては、免許は不要。無線LANのような「特定小電力無線局」と呼ばれるタイプも、技術基準適合証明を受けるだけで無免許で利用することができる。
電波の区分と呼び名
周波数 | 名称 | 波長 |
3~30kHz | VLF(Very Low Frequency) | 超長波 | ミリメートル波 | 100~10km |
30~300kHz | LF(Low Frequency) | 長波 | キロメートル波 | 10~1km |
300~3000kHz | MF(Medium Frequency) | 中波 | ヘクトメートル波 | 1000~100m |
3~30MHz | HF(High Frequency) | 短波 | デカメートル波 | 100~10m |
30~300MHz | VHF(Very High Frequency) | 超短波 | メートル波 | 10~1m |
300~3000MHz | UHF(Ultra High Frequency) | 極超短波 | デシメートル波 | 100~10cm |
3~30GHz | SHF(Super High Frequency) | マイクロ波 | センチメートル波 | 10~1cm |
30~300GHz | EHF(Extremely High Frequency) | ミリ波 | ミリメートル波 | 10~1mm |
300~3000GHz | -- | サブミリ波 | デシミリメートル波 | 1~0.1mm |
■ケーブルで電磁波を送る光通信
電線に変調した高周波の電流を流す伝送方法は、古くから使われていた通信技術である。電波と同じように、複数の搬送波を使って1本のケーブルを多重化できるというのが、大きなメリットのひとつであり、ケーブルを流れる高周波電流は、ケーブルに沿って伝わる電波と考えてよい。
実際、周波数が高くなると導線を流れる電流ではなく、2本のケーブル間(通常は同軸ケーブルの芯線と網線間)を、電界と磁界が誘発しあいながら伝搬する電波と同じような伝わり方になる。
少し前までの幹線にはこのようなタイプが多かったし、CATVの宅内配線などはまさしく、電波をケーブルに封じ込めたスタイルだ。
だが、近年特に注目されているのは、もっとずっと高い周波数の電磁波である光をケーブルに封じ込め、これを使って信号を伝送する光通信である。
いうまでもないが、光の領域に入ってしまった電磁波は、もはや電線ではどうすることもできない。電線に代わって光を導くのは、光ファイバーと呼ばれるガラス繊維であり、この細い繊維の内部に、光を遠くまで効率よく伝えるための仕組みが埋め込まれている。
光は、同じ媒質の中では直進するが、屈折率の異なる媒質の境界面では、屈折や反射という現象を起こす。
屈折率の高い媒質から低い媒質に向けて光が直進してきたとする。光は、境界面をまっすぐ進入することができずに屈折してしまうのだが、入射角がある一定の角度(媒質の屈折率の違いで決まる)を越えると、全く進入することができなくなってしまう。
これを全反射といい、屈折することも吸収されることもなく、鏡よりもはるかに優れた反射率で光を全て反射してしまう。
1964年、ガラス繊維を屈折率の異なる媒質を使って2重構造にすることによって全反射を起こし、光が外に出られないようにする仕組みを考案。光通信を実用化に導いたのが、わが国の科学者西澤潤一だった。
光ファイバーの内部は、屈折率の高い素材を芯に、その周りを屈折率の低い素材で包んだ2重構造になっている。屈折率の高い芯の部分をコア、周りを包む屈折率の低い部分をクラッドといい、これを、内部を保護すると同時に外部光等の進入を防ぐプラスチックの被覆で覆ったのが、1本の光ファイバーの姿である。
ケーブルの一端のコアに光を通すと、光はコアとクラッドとの境界面で全反射を繰り返し、コアの内部を蛇行しながら進んでいくのである。
ちなみにこのようなタイプの光ファイバーをステップインデックス型といい、コアの屈折率を中心部にいくほど高めて光が収束するようにしたタイプをグレートインデックス型と呼んでいる。
70年代に入ると、光ファイバーの製品化が本格的に始まり、80年代にかけて性能は著しく向上する。
通信インフラでは、コア素材に純度の高い石英を使ったケーブルを使用し、波長や位相の揃っている直進性の強いレーザー光を使って伝送。伝送特性は極めて優れており、GHz帯に至るまでの広帯域に渡って、同軸ケーブルでは決して実現できない圧倒的な低損失を誇っている。
また、電気や電波を使った伝送と違い、電磁的なノイズを出すことも、外部から影響を受けることもない。これらが、光通信の大きな魅力なのだが、その行く手には、ケーブルの敷設という大きな難題も待ち受けている。
この辺は、来週以降のレポートで詳しく紹介していこうと思うが、この20年弱で、幹線系はもとより支線のかなりの部分までが既に光化を完了。いわゆる「ラストワンマイル」と呼ばれるユーザー宅に入る最後の引き込み部分がこれから……というのが現状である。
|