身近なデジタルインターフェイスの多くは、ケーブルにかける電圧のON/OFFで「0」や「1」のビット列を送っている。単純明快でとてもわかりやすい方法なのだが、同じケーブルを使った伝送でも、ADSLモデムやケーブルモデムの場合には、無線通信のように高周波に乗せて送っている。こうすれば、必要な帯域をスポット的に利用でき、空いている帯域を別の通信に利用できるからだ。今週のインフラ探検隊は、ケーブルを効率よく利用する経済的な通信の基礎知識、デジタル変調のお話しをお届けしたい。
なお今回は、変調の世界がなんとなくわかったような気になる、聴けるサンプルも用意してみたのでお楽しみに。
■
ベースバンドとブロードバンド
「0」と「1」のデジタル信号を、直接伝送路に流すやり方をベースバンド方式という。電気のON/OFFや光の点滅などに「0」と「1」のビットを割り当てて伝送するこの方式は、デジタル回路をそのまま延長した、とても単純な仕掛けであり、パソコンの各種インターフェイスなどはみなこのタイプである。ベースバンド方式は、基本的にひとつの信号しか伝送できないので、回路の数だけ信号線を用意し、デバイスの数だけケーブルを引き回すことになる。もちろん、複数の機器を接続できるインターフェイスも多々あるが、それらは、交代で少しずつ通信を行なうことによってケーブルを共有する。通信の世界では、時分割多重(TDM:Time Division Multiplexing)と呼んでいるタイプで、例えばUSBなどは、電話線並みの2本1組のケーブルだけで、複数台の送受信を処理している。
このベースバンド方式に対し、デジタル信号をアナログ信号に乗せて送るやり方をブロードバンド方式という。元の信号を信号波、それを乗せて運ぶ信号を搬送波というが、ブロードバンド方式では、搬送波の周波数を変えることにより、使用する帯域がぶつからないように調整できる。周波数を変えて多重化する周波数分割多重(FDM:Frequency Division Multiplexing)、光通信の世界では波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)と呼んでいる多重化も利用できるわけだ。
ところで、本当に信号を混ぜてしまっても大丈夫なのだろうか。ミックスされた信号から、目的の信号を取り出すことができればOKなのだが、ベースバンド方式ではその術が全くない(自分が送信した信号を受信した信号からマイナスすることによって、送受信を多重化することは可能)。一方のブロードバンド方式では、一定の搬送波が取り出す手がかりを提供してくれる。この搬送波を取り出せば、信号波も一緒に付いて来るのだ。
実際に私達の耳で試してみよう。このサンプルは、2種類の周波数の信号をミックスしたものだが、赤と緑が混さると黄色になってしまう光とは異なり、これらを違った高さの2種類の音として識別できる。受信側がこの様な識別の仕組みを持っていれば、信号をミックスしても大丈夫なのだ。例えば、コイルとコンデンサを組み合わせると、特定の周波数に共振して、大きな電流を取り出すことができる。これは、テレビやラジオのチューニングの仕組みそのものだが、信号を高速にサンプリングして、DSP処理する手もある。もうひとつのサンプルは、先ほどのミックス版をフィルタにかけ、一方をピックアップしたものである。こうすると、信号がかなり鮮明になるので、正しく検出できそうな気がしてくるだろう。
■色々な変調方式
変調には、基本的な3つの方式がある。これは、「振幅」「周波数」「位相」という、信号の3要素をそのまま利用したものだ。振幅は、音でいう音量。周波数は音程。位相というのは音にするとちょっと難しいが、周期のずれや遅延、あるいはねじれと思っておいてただきたい。音の場合には、方向感(ステレオ感)を得る際の重要な要素だ。
変調は、これら搬送波の基本的なパラメータを変化させて、アナログ信号やデジタル信号の情報を乗せる。それぞれの方式は、振幅変調、周波数変調、位相変調といい、デジタルを信号を乗せるデジタル変調の場合には、「modulation」ではなく「shift keying(偏移変調)」と呼んでいる。
【振幅変調】
アナログ変調の方は、AMラジオでおなじみの「Amplitude Moduration」。信号波の振幅に応じて、搬送波の振幅を変化させる方式だ。デジタル変調では、これをASK(Amplitude Shift Keying)といい、振幅の大小でビットの状態を表わす。変調された搬送波(変調波)の振幅が変わるということは、変調波の強度が絶えず変化するということで、他の方式に比べるとノイズに弱い側面がある。ちなみにASKが単独で用いられることはほとんどない。
【周波数変調】
こちらは、FMラジオでおなじみの「Frequency Moduration」。信号波の振幅に応じて搬送波の周波数を変化させる方式である。デジタル変調の場合は、FSK(Frequency Shift Keying)といい、ビットの状態を周波数の高低で表わす。AMやASKと違って振幅は一定。すなわち、信号の強度が変わらないので、伝送には有利である。
周波数をシフトする方法には、2種類の発振器を切り替える方法と、1つの発振器を制御して周波数を変える方法がある。後者の場合、周波数は連続的に変化することになるが、これを特にCPFSK(Continuous Phase Frequency Shift Keying)といい、切り換える方式よりもきれいな信号(スペクトル特性のよい信号)が生成できる。
周波数と次の位相は、実はとても良く似た関係にあるのだが(周波数の変化で位相が進んだり遅れたりする)、周波数が変わった後の位相がちょうど±90度になるような周波数を選択しておくと、元の信号波が取り出しやすくなる(復調しやすい)。このような関係が成り立つ周波数の中から、その差が最も小さいものを選んだFSKを特にMSK(Minimum Shift Keying)という。
このMSKをさらに発展させたのが、ヨーロッパの携帯に使われているGMSK(Gaussian filtered Minimum Shift Keying)である。こちらは、変調前のデジタル信号をガウスフィルタと呼ばれるローパスフィルタ(低域通過フィルタ)に通し、高域成分を落としてからMSK変調にかける。どの変調方式においても、搬送波のパラメータを急激に変化させると、使用帯域が広がってしまう。立ち上がりや立下りが急峻なデジタル信号の場合には、原理的には無限の帯域に広がってしまうため、変調の前後で帯域制限をかけるのだが、GMSKの場合には、変調前にフィルタにかけて狭帯域化するタイプである。
【位相変調】
Pase Moduration(PM)は、信号波の振幅に応じて位相を変える変調方式だが、アナログ変調ではほとんど用いられない。デジタル変調の方は、ビットの状態に応じて搬送波の位相を、例えば180度反転させるという方法で伝送する。これをPSK(Phase Shift Keying)といい、ケーブルモデムや携帯電話、PHSなど色々なところで利用されている。
位相の変化には、絶対位相をとるタイプと、前の状態からの相対的な変化をとるタイプがあり、検出しやすい後者が一般的である。このようなタイプを特にDPSK(Differential Phase Shift Keying)という。
 |
「I」は搬送波で、回転角がその位相。BPSKは、180度反転させた位相に2値を割り当てる |
180度反転タイプは、2種類の位相しかないので、2相PSKあるいはBPSK(Binary Phase Shift Key)と呼ばれる。位相のシフト量を90度単位にすると、0、90、180、270度の4種類の遷移が選べるようになる。「00」「01「10」「11」の4種類のビット列(シンボル)をこれに割り当てれば、1回の変調で2ビットの伝送が行なえるわけだ。
変調速度を上げると、それに応じて使用する帯域が広がってしまうが、1回の変調に乗せるビット数を増やすことができれば、帯域を広げずに伝送速度が上がる。このような4種類の位相を使うタイプを、4相PSKあるいはQPSK(Quaternary Phase Shift Keying)という。さらに状態数を増やせば、より高速にデータが伝送できるのだが、変化の識別が困難になるため、実際には8相を使って3bitを変調する8相PSK(8PSK)くらいまでしか使われていない。
 |
90度位相の異なる搬送波「I」と「Q」をそれぞれBPSK変調。合成するとこのような4つの状態にシフトする |
さて、QPSKの実際の回路は、90度位相のずれた信号――すなわち、サイン波とコサイン波を用意し、2bitの一方をサイン波側でBPSK変調。もう一方をコサイン波側でBPSK変調し、2つの出力を合成すればよい。この時、一方を変調速度の半周期分遅らせるやり方があり、これをOQPSK(Offset Quaternary Phase Shift Keying)という。普通のQPSKでは、2つの信号が同時に変化すると、180度の大きな位相変化が起こる。OQPSKは、一方のタイミングをずらすことによって、この同時変化を回避する。こうすると、パワー効率が向上し、伝送特性の悪い回線の影響を受け難くなる。
QPSKのもうひとつのバリエーションに、45度ずらした2つのテーブルを用意し、常に一方かもう一方にシフトする様にしたタイプがある。変化量でいうと、QPSKの「±90度、180度、無変化」に対し、「±45度、±135度」という変化になる。これをπ/4QPSK(45度はπ/4ラジアン)といい、我が国のPHSやPDCで使われているPSKがこのタイプである。ポイントは、常に位相が変化することと、180度の大きな変化が起こらないことだ。
 |
基本的な3つの変調方式 |
【直交振幅変調】
1回の変調により多くのビットを乗せる場面では、QAM(Quadrature Amplitude Modulation)と呼ばれる変調がよく用いられる。ケーブルモデムやADSLモデム、デジタル放送などの各種デジタル通信で、大活躍している変調方式だ。このQAMは、QPSKにASKを組み合わせたもので、前述のサイン波とコサイン波それぞれに、振幅の変化を付ける。例えば、それぞれに「1、1/3、-1/3、-1」という4つの振幅値を与えると、全部で16種類の状態を表わすことができる。
 |
90度位相の異なる搬送波「I」と「Q」を4レベルで振幅変調し合成する。変調波は16の状態に遷移できるので、1回で4bitを変調できる |
16種類なら、4bitのシンボルが変調できるので、これまでのどの変調方式よりも効率が高い。これを16QAMといい(頭の数字は最終的に使用するステートの数で、振幅の遷移数から計算される値とは必ずしも一致しない)、5bitの32QAMから8bitの256QAMまでは、既に第一線で活躍中。9bitの512QAMや10bitを乗せる1024QAMも実装されはじめている様だ。もっとも、ビット数を増やせば、それに連れてエラーレートも上昇するので、そう簡単に上げられるというわけではないが……。
ちなみに転送速度は、1秒間の変調回数(変調速度、ボーレート、シンボルレートなどという)と1回の変調に乗せるビット数で決まる。変調速度は、占有できる周波数帯域の1/2から、論理上は占有帯域まで上げることが可能だ。したがって、占有帯域1MHzを32QAMで変調すれば5Mbps、256QAMなら8Mbps、1024QAMなら10Mbpsというのが、得られる最大転送速度の論理値である。そして帯域さえ許せば、その隣やさらにその隣に1MHzの別のチャンネルを設けたり、全く別のアプリケーションに使わせることもできるというのが、変調してから送るブロードバンド方式ならではの機能である。
ベースバンドのTDMなら、自分の番が来れば、全帯域を自由に使えるような仕様にすることもできるかもしれない。がそのためには、順番を管理する共通のプロトコルが必要になる。周波数という、電気的に手軽で単純なルールを使ってパーティショニングを行なう、FDMのようなわけにはいかないのだ。
(2001/09/26)
|