壁の電話線から太平洋を横断する海底ケーブルまで、私達の生活を支えるさまざまな広域通信網を探ってきたインフラ探検隊だが、ここらで一発家の中にも目を向け、ホームネットワークに使われている有線や無線のインフラたちを取り上げてみることにしたい。まずは、有線LANの主役「イーサネット」の登場である。
かつて、物質を構成する要素のひとつとして、エーテルという存在が考えられていたことがある。「気」とでも訳せばよいのだろうか。とにかく、正体不明なこのエーテルなる存在は、近代科学が確立した後もしっかりと生き延び、19世紀には光を伝搬する物質としてエーテル説が唱えられていた。電磁波の正体がわからなかったころには、これを伝搬する何らかの媒体(メディア)が空中に存在していると思われていたのである。
エーテル説は20世紀の初頭に終止符が打たれ、科学の世界からは姿を消してしまうのだが、SF小説などには今でもしばしば登場するし、時代の最先端をいくネットワークの世界にもその名がしっかり残されている。
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イーサネットのはじまり
1973年、現在のPCの原形やマウス、ディスプレイ、GUIといったさまざまな要素技術の発明でも知られる、Xerox(一般にはやはりコピー機だろうか)のパロアルト研究所(PARC~Palo Alto Research Center)で、コンピュータネットワーク用の新しいシステムが考案された。Robert MetcalfeとDavid Boggsが設計したこのシステムでは、信号を伝えるケーブルをかつての謎のメディア「エーテル」と呼び、システムにエーテルネットという名を付けた。日本語読みのエーテルは、もちろん「ether(イーサ)」のこと。そしてこのシステムが、現在のイーサネットの原形である。
当初のイーサネットは、PARCで開発されたパソコンの原形「Alto」を接続するためのネットワークであり、そのスピードもAltoのシステムクロックに準拠した2.94Mbpsに過ぎなかった。が、後にIntelとDEC(Digital Equipment Corporation~1998年にCompaq Computerに買収)が参加する3社の共同プロジェクトへと発展。1979年には、DIX(3社の頭文字)仕様と呼ばれる、10Mbpsの最初の共同規格が策定され、このネットワークを扱う専門会社「3Com」が設立された。
3社は、このDIX EthernetをIEEE(アイトリプルイー~Institute of Electrical and Electronic Engineers~米国電気電子技術者協会)に提出。ネットワーク関連技術を扱う802委員会でLANの標準規格として検討が行なわれ、1983年に最初の802.3規格がリリースされる。802.3仕様は、フレーム(パケット)形式やトランシーバのインターフェイスなどがDIX仕様と若干異なってはいるが、基本部分は同じものと考えてよい。現在使われているイーサネットは、これをさらに発展させたもので、表のようないろいろなバリエーションが用意されている。
イーサネットの規格(IEEE802.3規格)
名称(タイプ) | 符号化方式 | ケーブル | ケーブル長 |
1BASE5 | マンチェスター | UTP(2対) | 250m |
10BASE5 | 50Ω同軸(10mm径) | 500m |
10BASE2 | 50Ω同軸(5mm径) | 185m |
10BASE-T | UTP(2対CAT3) | 100m |
10BASE-F | 10BASE-FP | 850nm MMF | 1000m |
10BASE-FB | 2000m |
10BASE-FL | 2000m |
10BROAD36 | RF(BPSK) | 75Ω同軸 | 3600m |
100BASE-T | 100BASE-X | 100BASE-FX | 4B5B NRZI | 1300nm MMF | 2000m |
100BASE-TX | 4B5B MLT-3 | UTP(2対CAT5) | 100m |
100BASE-T4 | 8B6T | UTP(4対CAT3) |
100BASE-T2 | PAM5x5 | UTP(2対CAT3) |
1000BASE-X | 1000BASE-FX | 1000BASE-LX | 8B10B | 1300nm MMF | 550m |
1300nm SMF | 5000m |
1000BASE-SX | 850nm MMF | 550m |
1000BASE-CX | 同軸(2芯平衡) | 25m |
1000BASE-T | 4D-PAM5(8B1Q4) | UTP(4対CAT5) | 100m |
10GBASE-X | 10GBASE-TX4 | 8B10B WWDM | 1310nm MMF | 300m |
1310nm SMF | 10km |
10GBASE-R | 10GBASE-SR | 64B66B Serial | 850nm MMF | 65m |
10GBASE-LR | 1310nm SMF | 10km |
10GBASE-ER | 1550nm SMF | 40km |
10GBASE-W | 10GBASE-SW | 64B66B Serial, STS-192c | 850nm MMF | 65m |
10GBASE-LW | 1310nm SMF | 10km |
10GBASE-EW | 1550nm SMF | 40km |
10GBASE-LW4 | 64B66B WWDM, STS-192c | 1310nm SMF | 10km |
802.3規格は、主に通信に使うメディアの仕様を規定したもので、これらバリエーションは、ケーブルや信号(符号化方式やクロック)の違いと考えればよい。メディアが違っても、その上で行なわれる通信は同じなので、メディアを変換すれば相互にコミュニケーションが行なえる。表には、ちょっと毛色の違うものも混ざっているが、同軸/ツイストペア(表ではUTP)/光ファイバ(表ではMMFとSMF)といったケーブルの違いと、1M/10M/100M/1G/10Gbpsといった伝送速度の違いというのが、大きなポイントといえるだろう。
ケーブルは、一般にツイストペアケーブルよりも太い同軸ケーブルのほうが、さらに光ファイバのほうが特性が優れており、高速伝送や長距離伝送に向いている。現在策定中の10Gbitイーサネットにおいては、もはや光ファイバしか眼中にないのだが、パフォーマンス以上にコストや扱いやすさが重要視されるホームネットワークの場合には、今のところはツイストペアケーブルというのが唯一の選択肢。規格でいうと、少し前までは10BASE-Tだったが、現在は価格的にほとんど変わらない(金額的には数百円とか千円といった差)100BASE-TXが主流になっている。さらに高速な1000BASE-Tも、すでに数年前の100BASE-TXの価格帯に降りてきており、コストの100BASE-TX、パフォーマンスの1000BASE-T、使いやすさの無線という棲み分けになりそうだ。
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10Mbpsから10Gbpsまでさまざまな規格を持つイーサネット
さて、イーサネットの高速化技術やCSM/CD(Carrier Sense Multiple Access/Collision Detection)というアクセス制御のお話はとりあえず次回に回すとして、今回はファミリーの面々をざっと紹介しておくことにしよう。
・10Mbps系
最初に標準化された10BASE-5は、DIXイーサネットと同じ10mm径の太い同軸ケーブルを使用する。PCとの接続は、以前登場したCATVの引き込み線に似たやり方で、太い同軸ケーブルにタップを立ててトランシーバを接続。このトランシーバとPCのインターフェイスを接続するスタイルになる。まあ今となっては「こんなのからスタートしたんだよ」という歴史的な存在なのだが、同軸ケーブルを細くした10BASE-2になると、筆者などは随分お世話になったクチである。10BASE-2では、トランシーバに相当するモジュールがネットワークカードに組み込まれており、タップの代わりにT字型のBNCコネクタを取り付け、直接PCからPCへと同軸ケーブルを渡していく。接続形態は10BASE-5と同じ1本のバスを共有するスタイルで、これをリーズナブルで扱いやすくしたタイプなのだが、これも、もはや過去の遺物だろう。
現在のイーサネットの基本形ともいえる、ハブを介してスター型に接続するタイプが、おなじみの10BASE-T。この辺は、特に説明は不要だろう。10BASE-Fというのは、メディアに光ファイバを使うタイプで、パッシブ型のカプラで接続する10BASE-FP、同期式のアクティブ型のカプラで接続する10BASE-FB(Bはバックボーン接続の意)、リピータ間の接続を想定した10BASE-FL(Lはリンクの意)の3種類が規定されている。
ついでにちょっと毛色の違うヤツも紹介しておくと、1BASE-5は、電話用のツイストペアケーブルを使う1Mbps版(ハブを介して250mのケーブルでつなぐと端末間が500mになることから「5」となっている)。10BROAD36は、ケーブルに信号を直接乗せるベースバンド方式ではなく、高周波変調するブロードバンド方式の規格で、テレビの同軸ケーブルを使うことを想定している。
・100Mbps系
100BASEには、光ファイバを使う100BASE-FXと、ツイストペアケーブルを使う3種類の規格が規定されている。おなじみの100BASE-TXは、ケーブルの品質を上げて高クロック化に耐えられるようにしたタイプで、ほぼ10BASE-Tの高速版である。これに対し、100BASE-T4/T2はクロックが上がらないように努力したタイプで、ケーブルの品質はそのまま。100BASE-T4では回路を増やして支援しているが、100BASE-T2では符号化方式を大幅に変更して高速化を実現。標準化がちょと遅かったため、100Mbps系の主流にはなれなかったが、1Gbps系では、この発展形が主役になりそうな気配である。
・1Gbps系
いわゆるギガビットイーサは、最初にストレートな光ファイバ版と、オマケのような同軸ケーブル(2芯の平衡型というちょっと特殊な同軸ケーブル)版をリリース。現在、PC市場で頭角を現わしているのは、その後にリリースされた1000BASE-Tというタイプである。こちらは、先の100BASE-T2の発展形で、8本全部が結線されていれば、100BASE-TX用のケーブルがそのまま使用できる。
・10Gbps系
先ごろドラフト規格が承認され、2002年には正式規格化が予定されているのが、10ギガビットイーサである。メディアは光ファイバのみとなり、3種類の波長帯(S=850nm、L=1310nm、E=1550nm)と2種類の符号化方式(8B10B、64B66B)。従来のシリアルに加え、新しく採用されたWWDM(Wide Wave Division Multiplexing)。WAN向けの規格と、非常に多くのバリエーションがある。
(2001/12/20)
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