802.11bと同時期に標準化された802.11aでは、Lucent TechnologiesとNTTが共同提案したOFDMという変調方式が採用された。実機もチラホラ出始め、802.11bの高速版として標準化が進められている802.11gや地上波デジタル放送にも、このOFDMが用いられるという。今回はそんなホットな変調方式、OFDMこと「Orthogonal Frequency Divison Multiplex(直交周波数分割多重変調)」にスポットをあててみたい。
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シンボルレートと帯域幅
シンボルレート(変調速度)を上げてやればそれに応じて転送速度が向上するが、同時に使用する周波数帯域が広がっていく。どれくらい広がるかというと、オーソドックスなPSK(Phase Shift Keying~位相変調)やQAM(Quadrature Amplitude Modulation~直交振幅変調)の場合には、搬送波を中心とした上下にそれぞれシンボルレート分広がる。たとえば毎秒1000回変調すれば、±1kHz広がるということだ。ただし、実際にはデジタル信号を乗せるので、スペクトルはその両側、さらにその両側と理論上は無限大に小さな山が広がっていく。そのままではいたずらに帯域が広がってしまうので、必要な真ん中の山だけ残して(立ち上がりや立下りがなまってしまうが)、両脇をバッサリ切り落とすように帯域制限をかけている。ひとつの通信が限られた帯域だけを使うようになっているので、搬送波の周波数を干渉しないところまでずらしてやれば、別の通信チャンネルを設けることができるわけだ。チャンネルを変えると違う放送局という、もうあたりまえの世界なのだが、このような周波数を変えて複数の通信を行なえるようにする手法をFDM(Frequency Division Multiplex~周波数分割多重)と呼んでいる。先ほどの毎秒1000回の変調なら、2kHz以上間隔をあければ別のチャンネルが用意できるわけだ。
転送速度を上げる方法には、シンボルレートを上げるやり方と、1回の変調でより多くのデータを乗せるやりかたがある。前者は帯域が広がり後者はエラーレート(誤り率)が高くなるとどちらも一長一短なのだが、とりあえずここでは単純にシンボルレートを上げてみよう。たとえばシンボルレートを3倍にすれば、転送速度は3倍に向上し使用する帯域も3倍に広がる。これはこれで単純でよいのだが、もうひとつ別のアプローチも考えられる。変調方式もシンボルレートも変えずに、先ほどの3チャンネル分を並列に使うのだ。とりあえず隣接チャンネルの影響を考えないことにすれば、理屈上はどちらも同じ帯域幅で同じ転送速度が得られる計算になる。このシンボルレートを上げずに複数のチャンネルを束ねて使おうというのが、OFDMの基本的な発想である。では、そんなことをやって何かいいことがあるのだろうか。
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シングルキャリア+高シンボルレート vs マルチキャリア+低シンボルレート
伝送される1シンボルの継続時間は、シンボルレートが低いと長く高いと短くなる。感覚的に考えても同じ状態を長時間保っていてくれたほうが判定しやすそうに思えるだろう。実際、マルチキャリア化する狙いのひとつがそこにある。たとえばその最たるものとして、テレビや無線LANでは、マルチパスの問題が挙げられる。
高い周波数の電波は光と似た性質をもっており、直進性が非常に強く、壁などの障害物に当たると反射してしまう。複数の経路を通ってきた電波には、微妙な時間差がついてしまうので、たとえばアナログのテレビならば、映像が2重3重に映るゴーストという現象が起こる。デジタルなデータ通信の場合には、前の信号が次の信号に混ざってしまうので識別が困難になり、エラーが起こる可能性が高くなる。障害物だらけでレイアウトによっては反射波で通信しているなんてことも多々ある無線LANにとっても、このマルチパスは重要な問題なのだ。
マルチパス対策のひとつとして、あらかじめ遅延した信号が飛びこんでくることを前提に、シンボル期間の頭のほうを少しあけておく方法がある。このようなクッション部分をガードインターバルといい、このガードインターバルの期間内であれば、遅延してくるマルチパスを補償することができるわけだ。高速化につれてシンボル期間が短くなってしまうシングルキャリア方式では、十分なガードインターバルがとれなくなってしまうが、マルチキャリア方式ならば、キャリア数次第で必要な期間を確保することができる。ここに、シンボルレートを押さえられる大きな意義がある。さらに、帯域の一部にノイズが乗るようなケースでは、マルチキャリアはその帯域のキャリアしかダメージを受けないという点も見逃せない。ADSLなどはこれを積極的に利用しており、回線の伝送特性に合わせて、各キャリアに割り当てるビット数を細かく調整している(無線LANはそこまではやっていない)。
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キャリアを詰め込む「O」の秘密
「とりあえず隣接チャンネルの影響を考えないことにすれば」と最初にお断りしたが、別に「実はそうはいかないんだよん」というオチがつくわけではない。シンボルレートを上げてもキャリアを増やしても、同じように高速化できるという今までのお話は、単なるFDMの延長でしてきたのだが、実はキャリアをもっと詰め込むことができるというのが、単なるFDMではないOFDMの偉いところなのである。
別々の局が異なったチャンネルを使って自由に運用するためには、前述のように少なくともシンボルレートの2倍以上の間隔でキャリアを立てていかなくてはいけない。が、ここでのお話は、ひとつの局がデータを複数のキャリアに分散して乗せようという趣向である。無秩序に交わされる信号と違うので、単純に周波数帯域でスパッと分離できる必要はない。最終的に個別の信号が取り出せさえすればよいのである。
OFDMでは、1シンボルごとに各キャリアの位相が同期するように配置している。具体的には、「シンボルレートの2倍以上」ではなく、きっちりシンボルレート間隔でキャリアを立てる。先ほどの1kHzのシンボルレートなら、2kHzではなく1kHz間隔ということだ。そんなことをすると、信号が重なり合って干渉してしまいそうな気がするのだが、実は大丈夫。各キャリアのスペクトルを見るとわかりやすいが、ひとつのキャリアのスペクトルが「0」になるところに隣りのキャリアがきているので、干渉することなくキャリアを詰め込むことができるのである。「そんなことができるなら、他の通信もやればいいじゃん」と思われるかもしれないが、これは同じヤツが一度に送信しているからこその技(誰かがタイミングクロックを提供してもよいが)。キャリアの周波数や同期がちょっとでも乱れると直交関係が崩れてしまい、単なる混変調になってしまう。実は、この辺がOFDMの難しい部分でもあるのだが、これさえ克服すればシングル変調やFDMの寄せ集めとは違った高い効率で周波数を利用できるようになる。同じやり方ならより高速に、同じスピードならより正確にデータをやりとりできるのである。
そんなOFDMを使って実現する54Mbpsの世界といいたいところだが、本誌のレビューにもあるように、実際のところは54Mbpsにはほど遠いビットレートしか出ていない。なぜだ、なぜなんだぁ~というわけで、次回のインフラ探険隊は、この「無線LANが遅いワケ」を徹底解明してみたい。
(2002/02/07)
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