離れたところにいる人を呼ぶときに、私達は大きな声を出す。出力を上げれば音が遠くまで届くことは、誰もが知っていることである。また、口の横に手をあててメガホンを作ってやると、同じ声量でも遠くまで届くし、聞こえにくいときには耳に手をあてると効果的なこともご存じのとおり。電波も音と同じように、出力を上げればより遠くまで伝搬するが、手をあてるのと同様、放射方法や吸収方法をちょっと工夫してやると驚くほど効率が上がる。この電波を効率よく伝える役目を担うのが、通信機器に取り付けるアンテナである。
音のことをもう少しお話すると、私達の声にしても楽器にしても、声帯や弦、リードなどの直接音を生成している部分で発生する振動は、きわめて僅かなものでしかない。この僅かな振動を、声道や胴、管などを使って巧みに共鳴(共振)させ、効率よく空気の振動に変換して送り出している。音や電波のような波の性質を持つ信号では、この共振というのが重要なポイント。同じエネルギーでも、うまく共振させられるかどうかで、放射や吸収の効率そのものがまったく違ってくるし、手で作ったメガホンや管楽器の朝顔、弦楽器のサウンドホールなどは、さらにこれを特定の方向に集中させることによって、放射効率を高める働きがある。今回取り上げるアンテナは、これら音の出入り口と同じ機能を持つ、電波の出入り口なのである。
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アンテナの基本形
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無線LANデバイスにはさまざまな形のアンテナが付いている。その形や大きさは限られたスペースで最大の効率(利得)が得られるように設計されたものだ |
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通信機内の給電あるいは受電部分から電線を引き出し、機器の外部に電気的な開口部を設けてやれば、とりあえず電波の出入り口にはなりそうだ。だがそれだけでは、発音部だけの楽器のようなもの。よく鳴るボディ、すなわちちゃんと共振するアンテナ本体を付けてやらないと、電波を効率よく出し入れすることはできない。
アンテナの共振は、弦楽器の弦ととてもよく似ている。弦の両端を固定してはじくと、縄跳びのような感じで、弦の長さの2倍の基本振動が発生する。この基本振動の周波数が音の高さであり、その弦がよく共振する周波数でもある(整数分の1のいわゆる倍音も発生し、この周波数でも共振しやすい)。弦が長ければ周期は長くなり低い音に、短かければ周期が速くなり高い音になるので、フレットを押さえて弦の長さを調整すれば、音程が変わるわけだ。一定の長さの弦が、実際にどれくらいの周期で振動するのかは、振動が伝わる速さで決まる。弦の質量が高ければ、振動はゆっくり伝わるので低い音に(太い弦は低い音)。張力が大きくなれば速く伝わるので高い音になる(弦を強く張ると高い音)。
機械的な振動と電波とはまったく異質のものだが、波の性質は共通しており、アンテナは、その長さの2倍の波長でよく共振する。電波のスピードは、光と同じ毎秒約30万kmなので(*)、単純に考えれば、1MHzの1波長(波長はよくλと表記する)は300m、1GHzなら30cm。1/2λのアンテナ長は、それぞれ150m/15cmとなる。給電点の左右、あるいは上下に1/4λずつ(この場合は75m/7.5cm)エレメントを延ばすようにすれば、単に尻尾を付けただけのアンテナとはまったく異なる、電力を効率よく送受信できるアンテナになるわけだ。いろいろなアンテナに関しては、次回にまとめてお話するが、このようなアンテナを「ダイポールアンテナ」といい、数あるアンテナの中でも基本中の基本といえる存在である。
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導線上を伝わる電波は、スピードが若干遅くなり共振点が低くなる。したがって、実際のアンテナは数パーセント短目に設計する。このときの掛け率を「速度係数」あるいは「短縮率」と呼んでいる。
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インピーダンスマッチング
エネルギーをできるだけムダなく伝える上では、インピーダンスマッチングというのも重要である。インピーダンスは、交流に対する抵抗成分のことだが、回路間や伝送路などで、このインピーダンスが一致していないと、接続点でエネルギーの反射が起こりロスが生じてしまう。ちょっと難しい話だが、たとえば同じコースを一定のペースを保って走るのと、全力疾走と徒歩を繰り返すような走り方をするのとを思い浮かべていただきたい。最終的に同じ距離を同じ時間をかけてゴールしたとすると、きっと前者のほうがエネルギーのロスが少なく、疲労が少ないだろうことが想像できる。インピーダンスの整合がとれているというのは、この前者のような回路のことで、人間も回路もできるだけ一定の状態を保てるほうがエネルギーのムダを生じない。アンテナの場合には、通信機の送受信回路、コネクタ、ケーブル、アンテナ本体などにつなぎ目が生ずるが、つなぎ目があっても同じ状態で通り抜けられるというのが、重要なのである。
これは音の世界にも共通しており、実は前出の管楽器の朝顔などには、このインピーダンスの不整合を緩和する働きもある。管から飛び出す音は、閉じられた空間から空気中に開放される。このとき細い管からいきなり開放してしまうと、インピーダンスの大きな不整合のために強い反射が起こり、エネルギーのロスが大きくなってしまう。そこで、できるだけスムーズに開放できるように、朝顔のように開口部を少しずつ広げたラッパ状にしているのである。
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指向性
むやみに出力を上げるのよりも、エネルギーのロスを最小限に押さえるほうがはるかに効果的なのだが、さらにその効率を高めてくれるのが、「ヤッホー!」の必需品でもあり、朝顔のもうひとつの重要な役割でもあるメガホン効果である。
アンテナから放射された電波が(もちろん音でも同じだが)、仮に四方八方に拡散していくとしよう。エネルギーは、発信源からの距離を半径とする球の表面積に拡散していくことになるので、たとえその後のロスがまったくなかったとしても、離れれば離れるほど信号がみるみる弱まっていくことが分かる。では逆に、四方八方に拡散しないようにしたらどうだろうか。たとえば無線LANをはじめとする一般的な通信なら、通信相手はたいてい水平方向にしかいない。上下方向を考慮する必要がないのなら、その分のエネルギーを水平方向に向けてやれば、ずっと効率的である。実は、無線LANのアンテナなどは、すでにそのように作られている。というか、実際には八方美人のアンテナを作るほうがはるかに厄介。たとえば先ほどの半波長ダイポールアンテナを、エレメントが垂直になるように立てると、水平方向には360度サービスできるが、垂直方向にはからっきしダメというアンテナになってしまうのである。
あらゆる方向に均一のサービスをするアンテナをアイソトロピックアンテナというが、このアンテナはあくまでも論理的な仮想アンテナという存在。基本中の基本であるダイポールアンテナは、エレメントに垂直な方向に8の字の指向性を持ったアンテナというわけだ。アンテナの利得(ゲイン)はよくデシベルで表記されているが、アイソトロピックアンテナに対する利得のことを特に絶対利得という。エネルギーを8の字方向に集中させることにより、ダイポールアンテナはアイソトロピックアンテナに対し、2.14dBの絶対利得を持っており、絶対利得であることを明示するために、通常は「dBi」というように表記する。一方、現実的な標準アンテナであるこの半波長ダイポールアンテナに対する利得で表記されることもあり、こちらは相対利得(単位を明示するならdBdだが単にdBであることが多い)と呼んでいる。
この8の字指向性の広がり角をさらに絞れば、その分利得が稼げることはいうまでもない。1対1の通信なら左右や後方に拡散する電波もムダなので、これらも1方向に集中できればますます高利得なアンテナができる。それも、電力を上げるとは桁違いの絶大な効果が期待できるのである。次回は、その辺のお話も含め、実際に使われているいろいろなアンテナを見てみることにしよう。
(2002/04/10)
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