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通信の基礎知識(6)
通信を安定させるダイバーシティアンテナ


 アンテナの性能を上げるために、複数のアンテナを組み合わせたシステムがある。そのひとつが、アンテナをつないで一体化し指向性を強めて高いゲインを得るタイプだが、これとは別に複数のアンテナを複数の受信手段として用いる方法もよく使われている。いわゆるダイバーシティアンテナと呼ばれるタイプだ。

マルチパスフェーディングと空間ダイバーシティ

 静かな水面に小石を投げ込むと、同心円状にきれいな波紋が広がっていく。途中に障害物があると、波は障害物にぶつかって反射したり、後ろ側に回り込んだり(回折)といった現象が起こり、波紋に乱れが生ずる。電波もまた、この波紋と同じような感じで伝搬し、障害物(遮蔽物)によって反射や回折が起こる。そして乱れた波紋が互いに干渉しあい、強めあったり弱めあったりしながら複雑な模様を描くが、電波もまたフェーディングと呼ばれる同様の現象が起こる。

 たとえば、単純に電波が2つの経路を通ってきたとしよう。アンテナから直進してきた電波とビルに反射してきた電波を想像すればよい。いくら光速の電波といえども、迂回してきた電波には若干の遅れが生じる。この遅れがちょうど1周期分なら、2つの波は最大に強めあう。2つの経路の距離差が1/2波長のちょうど偶数倍のときだ。逆に、1/2波長の奇数倍のときには半周期ずれた逆相になってしまうので、2つの波は互いに打ち消しあってしまう。異なる経路を通ってきた電波が混ざると、受信する場所によって強弱が生じてしまうのである。ちなみにフェーディングのフェードは、音や映像が次第に消えたり(フェードアウト)出てきたり(フェードイン)するあの「fade」のことで、このようなフェーディングを特にマルチパスフェーディングという。

 電波は周波数が上がるにつれて直進性や反射性が強まるので、街中で使う携帯電話やオフィスの中で使う無線LANなどは、このマルチパスフェーディングが非常に起こりやすい、反射波だらけの状態といえる。が、波長が短く送受信間の距離も短いため、マルチパスフェーディングのバッドケースを比較的容易に回避することができる。電波の伝搬距離を変えてやればマルチパスの位相差が調整されるので、アンテナの位置をほんのちょっと動かしてやればよい。だいたい1/2波長程度の範囲内で収拾がつくので、たとえば2.4GHzの無線LANの端末なら、わずか数センチ動かすだけでデッドポイントから抜け出すことができるだろう。しかしアクセスポイントのほうは、動かすと他のユーザーが悪化してしまうかもしれないし、乱れた波紋状態の中を突っ切る移動体通信に至っては、ひんぱんに信号の強弱が繰り返されることになってしまう。

ダイバーシティアンテナ
 そこで登場するのが、あらかじめ少し離れた位置にもう1本アンテナを用意する(もっと多くても構わないが)マルチパスフェーディング対策のダイバーシティアンテナだ。無線LANのアクセスポイント(端末もある)の中には、アンテナが2本立っているタイプがある。製品によっては外部には1本しかないが、内部に別のアンテナを備えたタイプもある。携帯電話などは外部に付いているホイップアンテナのほかに、内部に逆F型(*1)などのアンテナが組み込まれているこちらのタイプだ。これら2つのアンテナを使って、受信レベルの高いほうのアンテナに切り換えれば、アンテナをベストポジションに移動するのと同じような効果が得られる。複数のアンテナを使って複数の受信条件を作り、マルチパスフェーディングを軽減して受信を安定させるというのが、このダイバーシティアンテナの役割なのである。

*1 逆F型アンテナは、水平の導線の一端を曲げて接地し、水平部分の途中で給電する(給電位置でインピーダンスが調整できる)タイプのアンテナで、横から見ると「F」を横に倒したような形になっている。携帯電話に使われているタイプは、輻射素子に導線ではなく金属板を使った平面アンテナで、プレナー逆F型アンテナと呼ばれるタイプである。通常の逆F型同様、この金属板にアース点と給電点が設けられ、横に倒したF形になっている。

偏波ダイバーシティ

 先ほどの、マルチパスフェーディング用のダイバーシティは、電波の伝搬距離を調整するために複数のアンテナを使った。すなわち空間的に異なる受信条件を設けたタイプで、空間ダイバーシティと呼んでいる。これに対し、電波の偏波面を調整する偏波ダイバーシティと呼ばれるタイプもあり、携帯の基地局や一部の端末にはこのタイプを備えたものもある。

 本編の最初にお話したダイポールアンテナを使って送信すると、アンテナのエレメントと並行に電界が発生し、この電界と直交する方向に磁界が発生(*2)。これが相互に作用して電波が伝搬していく。すなわち電界面や磁界面は常に一定なのである。電界面が大地に対して水平なタイプを水平偏波、垂直のタイプを垂直偏波といい、送受双方で偏波面を揃えてやらないと電波をうまく受信することができない。送信側がダイポールアンテナやホイップアンテナを垂直に立てた垂直偏波なら、受信側も垂直に立てておかないといけないのだ。

 テレビ放送は一般に水平偏波が多いため、テレビのアンテナはエレメントを水平に立てる。が、一部の地域では混信を避けるために垂直偏波を採用しており、そのサービスエリア一帯ではテレビのアンテナは垂直に立てるのが常識。CS放送に至っては、電波を効率よく使うために、水平偏波と垂直偏波の両方を個別に使って通信していたりする。同じ強さの電波でも偏波がずれると大幅に減衰していき、90度で理論上はまったく受信できなくなってしまうのである。

 水平偏波と垂直偏波の両方を、位相をずらして混ぜ合わせてやるとおもしろい現象が起こる。電波が進むにつれて、偏波面が右回り(右旋)や左回り(左旋)に回転していくのである。垂直偏波や水平偏波のように、偏波面が不変なタイプを直線偏波と呼ぶのに対し、螺旋状にとぐろを巻きながら飛んでいく回転タイプを円偏波という。BS放送や東経110度に上げたCS放送などは、この円偏波を用いているのだが、直線偏波が回ってしまうと大問題。偏波面のずれ方で受信レベルが変動する、これまたフェーディング現象が発生する。偏波ダイバーシティは、この偏波面のずれに起因するフェーディングを軽減するタイプで、偏波面の異なるアンテナを用意して受信の最適化を行なっている。

*2 電界や磁界が、このように進行方向に直角の方向に存在するタイプを、横に振動する波ということで横波と呼んでいる。見えない電波を説明するために、記事中ではたびたび音の伝搬を引き合いに出したが、音の場合は空気の粗密が進行方向にできる。このように、進行方向に振動する波は、縦波と呼んでいる。

アダプティブアンテナアレイ

4素子を使ったアダプティブアンテナアレイ
 最後にもうひとつ、複数のアンテナを使って目的の電波を積極的に捕らえようとするアンテナもご紹介しておこう。

 誰かに呼びかけると、その人は両方の耳に入る声のわずかな位相差(時間差)や音量差を聞き分けて音の方向を検知し、受信系(聴覚と視覚)および送信系(声)の指向性が最大になるように振りかえる。同じようなことをアンテナにやらせるのだ。指向性アンテナを回転させてもよいのだが、指向性アンテナは一途なヤツなので、一方に向けるとそちらにばかり夢中になってしまい、他方からの呼びかけが耳に入らなくなってしまうという欠点がある。無指向性アンテナならそうはならないのだが、こちらは注意散漫なヤツなので、周囲の雑音も全部拾ってしまい別の意味で都合が悪い。この両方の利点を兼ね備えた優れものが、アダプティブアンテナアレイである。

 たとえば先ほどと同じように、2つのアンテナを少し距離をおいて並べたとする。ある方向から到来した電波は、遠いほうのアンテナにはわずかに遅れて届くわけだが、先に届いた信号をこの遅れ分だけ遅延させて合成すれば、目的の信号に対して最大のゲインが得られる。もちろん、アンテナを増やして少しずつ遅延時間を調整してやればより効果的。本質的には無指向性の性質を持ちながら、取り出す信号を電気的に加工することによって指向性を持たせたのと同じ効果が得られる。逆のプロセスをたどれば、特定の方向に効率的に出力することも可能。でかいアンテナをぶん回す必要もなく、瞬時に自由な方向に指向性を向けられる便利なアンテナなのである。


(2002/04/25)

鈴木直美
幅広い技術的知識と深い洞察力をベースとした読み応えのある記事には定評がある。現在、PC Watchで「PC Watch先週のキーワード」を連載中。
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