普通の電話線がそのまま使える、手軽なブロードバンドサービス「ADSL」。電話線をそのまま使うということは、回線の向こう側は当然電話局ということになるのだが、はたしてその先はいったいどんなことになっているのだろうか。今週はそんなADSLの舞台裏を確かめるべく、イー・アクセスにおじゃまして色々とお話しを伺って来た。お忙しい中、インフラ探険隊を快く迎えてくださったCTO(Chief Technical Officer)の小畑至弘さん、広報担当の八木直子さん、荒木麻弓さんには、この場を借りてお礼を申し上げたい。
総務省が先頃発表した3月末の速報によると、DSLサービスの利用者数は、前月比30万2493人増の237万8795人。数の上では、2023万人のダイアルアップには遠く及ばないものの、延びが鈍化したダイアルアップをよそに、確実にシェアを延ばしつつある。イー・アクセスは、そんなADSLサービスの普及に大きく貢献した老舗のひとつだ。もちろん老舗とはいっても、まだ誕生間もないADSLサービスのこと。同社が設立されたのも僅か3年前、NTTの加入者回線+ADSLの扉がまさに開かれようとする1999年のことだった。それと前後して、東京めたりっくやアッカ・ネットワークスも設立され、NTTや郵政省(現在の総務省)の尻叩きが始まったのである。
当時の東京めたりっくが、現在のYahoo! BBと同様のプロバイダ型のサービスだったのに対し、イー・アクセスとアッカ・ネットワークスは、ホールセール型のサービスという道を選んだ。既存のISPとそのユーザーたちが高速なアクセス回線を利用できる様にすべく、汎用的なADSLサービスを提供する裏方に回ったのである。NTTのインフラを探険した以前の記事では、加入者~収容局間のネットワークを中心に、ADSL接続そのものの仕組みを解明した。今回はその背後にある、我々が日々利用しているアクセス回線の屋台骨を支えるネットワークの世界に足を踏み入れることになる。小畑さんのお話しでは、特に特殊なことをやっているわけではなく、イー・アクセスのシステムはごくオーソドックスなネットワークとのこと。アーキテクチャ自体にも、それほど多くのバリエーションは無い様なので、裏を覗くとどこも、大なり小なり似た様な仕組みで動いているのではないかと想像する。
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ADSLのアクセス回線
以前の復習も兼ねて、先ずは、ADSLの加入者側の回線についてざっとおさらいしておこう。
ADSLモデムは、ケーブルのもう一端に接続されたモデムと電気信号を使ってコミュニケーションを行う。したがって、ユーザー宅とNTTの収容局間が1対のメタルケーブルで物理的に接続されているというのが、サービスを利用できる最低条件。昔ながらのオーソドックスな加入者回線ならばこのとおりの仕様になっており、加入者宅の引き込み線は電柱で束ねられ、そのまま収容局のMDF(Main Distribution Frame~主配線盤)に接続されている。ADSLモデムがコミュニケーションに使う信号は、音声通話に影響のない高い周波数のアナログ信号にデジタル信号を乗せており、1回線に相乗りする形で、通常の音声通話とADSLが共存できる様になっている。
1つの共用回線を電話とモデムに分岐するのがスプリッタと呼ばれる装置。要するに、低域の音声信号と高域のモデム信号を、混合・分離するだけの簡単な装置なのだが、加入者宅ではこれをモジュラージャックの直近につなぎ、低域側を受話器に高域側をADSLモデムに接続する。局側も同様、MDFにつながった加入者宅からのケーブルはスプリッタで分岐され、音声側を電話交換機につないで従来通りの通話サービスが受けられるようになっている。分岐されたもう一方はADSLモデムにつながるわけだが、ここが今回の目的地、イー・アクセスのネットワークの入り口にあたる。
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イー・アクセスのネットワーク
イー・アクセスのネットワークの入り口は、加入者宅と対になるADSLモデムがぎっしり並べられた大きなラックで、これをDSLAM(DSL Access Multiplexer~ディスラム)という。MDFから出て来た個々のケーブルは、それぞれがラックの中のひとつのモデムに接続されるが、名前からも察しがつくように、こいつは単なる省スペース化のためにラックに収まっているわけではない。電話回線1本につきEthernetが1本出てくる加入者宅のADSLモデムとは異なり、複数のADSLモデムがここでひとつにまとめられる。個々のADSLモデムの信号をまとめて上位の回線に送り、上位からの信号をバラしてターゲットのADSLモデムに流す、マルチプレクサ(多重化装置)の役割を担っているのだ。では、その先の上位回線という奴は、いったいどうなっているのだろうか。
イー・アクセスのネットワークは、SONET(Synchronous Optical Network~ソネット)リングで構成されたATM(Asynchronous Transfer Mode)のネットワークが基本となっている。SONETは、ANSI(American National Standards Institute)で標準化された光通信技術のひとつで、これをベースにITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)したタイプをSDH(Synchronous Digital Hierarchy)という。
もともとが電話のバックボーンを支える光通信技術として開発されたもので、物理的には、光ファイバを二重のループ状に敷いてリング型ネットワークを構成。これをSONETリングという。バス型やツリー型の場合、どこかで1個所で障害が起こるとその先が全滅してしまう。そうならない様にバックアップ回線を用意していたとしても、例えばケーブルがまとめてざっくり切断されてしまうとお手上げ。もちろん、バックアップ回線を別経路にとれば良いのだろうが、それではコストがかかりすぎ複雑になってしまう。SONETリングの様な二重ループならば、逆方向に迂回することによって回避でき、コストも最小限に押さえられるというわけだ。
イー・アクセスでは現在、10Gbpsのリングを中心に2.4Gbpsの小さなループをいくつか配置し、ここにADM(Add Drop Multiplexer)と呼ばれるSONETのノードを設けて各局からの回線をつなぎ込む。これで、おおむねひとつの都府県をカバーしているそうだ。すなわち、ユーザー宅のアクセス回線はNTTの収容局に設置したDSLAMで集約され、小さなSONETリングで近隣の収容局が集約。さらにそれを、大きなSONETリングで集約という形である。
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イー・アクセスのネットワーク。10Gbpsのリングを中心に2.4Gbpsの小さなループをいくつか配置し、ここにADM(Add Drop Multiplexer)と呼ばれるSONETのノードを設けて各局からの回線をつなぎ込む |
ちなみに、SONETの帯域は51.84Mbps(OC-1 [Optical Carrier level-1])が基本になっており、2.4Gbpsの小さいリングが「OC-48」、その上が大きいリングが「OC-192」。ほんの少し前まではメガ台で胸が張れたのに、いまでは、これでれだけ用意しても、食いつぶしてしまうのは時間の問題で、そろそろ次のステップへの拡張を考えているとか。いやはや恐ろしい時代になったものである。
さて、都府県単位に集約された回線をさらに東京都と大阪で集約し、ここを舞台に繰り広げられる、ユーザー/ISP間のトラフィック大交換大会……というのが、イー・アクセスのバックボーン物語なのだが、この続きはまた次回。
□イー・アクセス
http://www.eaccess.net/
(2002/05/15)
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