JASRACシンポジウムの第1部では、文化庁甲野正道氏の基調講演に続き社団法人日本民間放送連盟IPR専門部会委員であるテレビ朝日の高橋英夫編成制作局ライツ推進部長が、2005年3月に発表されたテレビ番組のネット配信における使用料率の暫定合意に至った経緯に関して講演した。
■ テレビ局の悪印象を払拭したいとの思いから権利処理ルール策定に尽力
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社団法人日本民間放送連盟IPR専門部会委員を務めるテレビ朝日の高橋英夫編成制作局ライツ推進部長
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この使用料率は、日本経済団体連合会(経団連)のブロードバンドコンテンツ流通研究会が、テレビドラマをブロードバンドで配信する場合の暫定的な料率として著作権関連団体と合意に至ったもの。ユーザーから得た収入の情報料収入のうち、文芸分野には2.8%、音楽分野には1.35%、レコード分野には1.8%、実演分野には3.0%の合計8.95%が、ネット配信時の暫定使用料率として発表された。
高橋氏は、「たったこれだけの数字を決めるのに3年あまりの時間を要し、交渉回数は40~50回、会議の回数は小さなものを含めると100回に上った」との苦労を語った上で、「ルールを作ることは本当に手間ひまかかる重労働だが、その気になれば必ず実現できること」と振り返った。
そうした苦労をしてまで、この使用料率策定にこぎつけた高橋氏の気力とは一体何だったのか。高橋氏は「正直なところ、あまり夢のある話ではない」と前置いた上で、「テレビ局が番組を出さないからネット配信が普及しない、という悪い印象があるが、私からすればそうではなく、権利処理のルールやマーケットがないだけ」とコメント。「そうしたテレビ局への批判を払拭したいという意識で取り組んだ」と語った。
■ 3年の期間を要して暫定的ながらもルールを策定
経団連のブロードバンドコンテンツ流通研究会設立は3年前の2002年2月13日だが、「当初はブロードバンドが海のものとも山のものともわからない状態で、最初の1年間はコンテンツ事業者を呼んだ勉強会が続いた(高橋氏)」。こうした勉強会を踏まえ、2003年6月には研究会の中間とりまとめが発表されたが、高橋氏によれば「ブロードバンドは重要だが検討課題が多いということだけが書かれた中身のないもの」だったという。
しかし、「そんな中身のない取りまとめでも、1点だけごく重要なことが示唆されていた」と高橋氏は語る。「それは著作権者15団体が一同に会していては、いつまでたってもルールができない、ということ」。このため研究会では2003年7月に「利用者団体協議会」を設立、著作権団体との個別交渉を開始した。
交渉の過程ではさまざまな問題が発生した。使用料率に関しては、ユーザーから得る情報料を対象とするか、CS放送や海外向けに行なわれている番組の販売価格をベースとする方式かで意見が分かれ、「基本は情報料収入ベースだが、一部団体では番組販売価格ベースも残した(高橋氏)」。このほかにも、権利処理を番組供給側が行なうか配信事業者側が行なうかという「蛇口処理と元栓処理」問題、使用料率の大枠を決めてから団体ごと分配するか団体ごと決めた額を合計していくかという「総枠方式と積み上げ方式」といった課題もあったという。
各権利団体ごとの関係も課題の1つ。高橋氏は「コンテンツができあがった時、だれもが“自分が一番頑張った”という思いがあり、使用料に違いがあるとトラブルにつながる可能性がある」と語り、「文芸・音楽・実演の料率はできるだけ近くなければならないという“麗しき正三角形”が重要」と説明。さらには「脚本家は番組全体に関わるため、部分的に関わるJASRACより料率が高い」「多くても数人の脚本家に対し、何十人と番組に関わる実演家のほうが料率が高い」など、これまでテレビ番組制作の過程で作り上げられてきた料率の背景が、今回の交渉に大きく影響を与えたとした。
今回の料率策定は、「今後ブロードバンドがどう変化するか現状ではわからず、いったんルールを策定すると数字はなかなか変更できない」との考えからあくまで暫定的なルール策定に留まった。また、手元にコンテンツが残るダウンロード配信も検討対象から除外されており、コンテンツのジャンルも「いわゆる“実演家のワンチャンス主義”がある映画や制作会社のものは解釈が複雑なため、今回はテレビ局制作のドラマに限定した(高橋氏)」。
■ ネット配信における課題は著作権ルールだけではない
本格的な交渉は2004年8月に開始、「JASRACが真っ先に交渉に応じてくれ、1.35%という数字が決まった。これがなかったら、作業はもっと困難だっただろう(高橋氏)」。しかし、文芸家団体が使用料率ではなく番組販売価格ベースにこだわる、ジャンルが非常に幅広い実演家団体をまとめることが難しいなど、交渉は一筋縄では進まなかったという。
こうした苦労の中でできあがった暫定使用料率も、「数字ができあがった段階ではまだ30%の仕上がり」にしか過ぎないという。「重要なのは数字が決まった後、自分の身内に持って帰って説得することで、これが非常に大変。数字を持ち帰って全員に納得してもらって、初めて100%が達成できる」。
2006年3月までの暫定として合意した使用料率だが、インディーズや洋楽などの権利者団体に所属しない「アウトサイダー」やダウンロード型の配信、ドラマ以外の番組に関する使用料率など、残された課題も数多いという。高橋氏は映画や外部制作の「実演家のワンチャンス主義」についても触れ、「テレビ局制作、ドラマでは6カ月に1回の放送権であり、それ以降の放送では追加で支払うが、映画の場合は一度出演料をもらうとその後の権利が及ばないという問題がある。ブロードバンド配信でもワンチャンス主義がどうなるのかは、大きな論点になるだろう」とした。
一方、暫定かつテレビ局制作のドラマという限定ながらもルールが策定されたにもかかわらず、このルールを適用した事例が存在しない点について「これまでは著作権ルールがないからコンテンツ配信が進まないと言われていたが、不完全で調整が必要ながらもルールが策定されても誰も使っていない」と指摘。「ネットでのコンテンツ配信はルールだけの問題だけではないのでは、という感想がある」との考えを示した。
■ URL
JASRACシンポジウム2005
http://www.jasrac.or.jp/culture/schedule/2005/1121.html
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(甲斐祐樹)
2005/11/21 19:36
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