前回のアッカ・ネットワークスに続いて、イー・アクセスにも12Mbps ADSLの現状を伺ってみた。今回は、同社技術企画部の渡辺芳治氏にお話を伺った。
■予想以上の効果があった12Mbps ADSL
1.5Mbpsから8Mbpsへの移行時から比べると全体的に順調で、大きな混乱もない印象の12Mbps ADSL。昨年の8Mbps ADSL登場時には、つながらない、リンク速度が落ちたなどの報告が各所でなされていたが、12Mbps ADSLに関してはあまり聞こえてこない。ユーザーを統計的に見た場合、ほとんどのユーザーで速度や安定性の向上は見られたのだろうか?
この点について渡辺氏は、「まだ全体的なデータを集計し切れていない」としながらも、いくつかの例を出して説明してくれた。まず、速度の向上に関してだが、当初は平均500kbpsほどの速度の上積みとされていたが、実際にはさらに速度が上積みされるケースも見られるようだ。「今回の方式では、規格上は8Mbpsから12Mbpsへと4Mbpsほど速度が向上しています。このため、近距離ユーザーを中心に1Mbps前後の速度向上が見られる場合もあります。」と、距離や回線状況によっては500kbps以上の速度向上が見られた例を示してくれた。
ADSLである以上、いくら新方式を採用したとしても距離による減衰などは発生する。この基本原則は8Mbpsだろうと12Mbpsだろうと変わることはない。このため、速度の上積みにおいても距離などの状況に応じて、その上積みの度合いが変化するというわけだ。当初の500kbpsというのは、あくまでも全体的に見たときの平均的な目安であり、それ以上の速度向上が見られる場合、そしてそれ以下しか速度向上しないケース(距離が遠い場合など)もある。実際にどれくらい速度が向上するのかは、やはり12Mbpsに移行してみないとわからないというところなのだろう。
ただし、サンプルとして取得したユーザーの回線速度を伝送損失別にグラフとしてプロットしてみると、「ある程度の伝送損失から速度が低下しはじめ、さらに一定の伝送損失になると今度はゆるやかに速度が低下していく傾向が見られます。これは、他社が公表しているデータとほぼ同じ傾向となります。(渡辺氏)」ということなので、仕様が異なる他社と比べても遜色のない速度向上が見られることになる。当初はオーバーラップを使う他社の技術の方が速度を向上させやすいように見られていたが、実際にはオーバーラップを使わなくてもかなりの効果を実現できたという証だろう。
また、伝送距離に関してもかなりの向上が見られたという。現状、同社が把握しているデータは、NTTが公開している線路情報ベースのもので、一部、正確ではない距離が表示されることがあるようだが、「これまでは5km前後までつながれば良い方で、6kmになるとまばらにしかつながるケースがなかったが、今回の12Mbps ADSLでは、6~7kmでもかなりのユーザーが接続できています(渡辺氏)」とのことだ。もちろん、ここまで遠い距離になると、速度はあまり期待できないが、実際7.2km(減衰59.5dB)もの距離でも352kbpsでの接続も可能な例もあるそうだ。
|
距離が7.2kmで、下り速度が352kbpsでリンクアップしている例のビットマップ |
12Mbps ADSLというと、速度面ばかりが強調されてしまうが、実際にはこれまでADSLを利用できなかったようなユーザーをしっかりと救えるという点こそが大きなメリットだと言える。これは、ビジネス的に見ても非常に影響が大きい。これまでADSLを利用できなかった潜在的なユーザーを取り込めれば、それだけ業務の拡大も容易だ。マーケット規模の拡大という観点からも12Mbps ADSLの戦略は成功だったと言えるのだろう。
■ごくまれに見られる速度低下も改善される予定
このように、いいことずくめのように見える12Mbps ADSLだが、インターネット上の掲示板などでは8Mbps時よりも速度低下した例などが掲載されていることがある。理論上、速度が低下することはあまり考えられないのだが、それでも事実として報告されているのはなぜなのだろうか?
実際、同社でもこの例は確認しているそうだ。「現状、8Mbpsから12Mbpsへ移行したユーザーは数万件におよぶが、その中でコンマ数%の割合だ。速度の向上が見られなかったために8Mbpsに戻したというユーザーは存在するが、速度低下が原因の変更は報告されていない(渡辺氏)」と言う。速度低下の原因は、現在調査中とのことだが、推測できる原因をいくつか提示してくれた。
主な原因としては、モデムやDSLAM側の機器のチューニングの問題が考えられるとのことだ。ADSLモデムなどを設計する際、メーカーは、一定の品質の回線を想定して、その環境でパフォーマンスを発揮できるようにチューニングを行なう。この想定した回線は、ほとんどのケースに合致するものだと言えるが、ユーザー宅の環境によっては想定外の環境となっているケースがごくまれに存在する。このような場合、ビットマップがうまく生成できないことなどがあり、速度が低下してしまうようだ。
しかも、今回の12Mbps ADSLで、同社はユーザー宅側で利用するモデムを従来大手のISPで採用されていた住友電工製から、NECアクセステクニカ製に変更している。モデム自体の性能にはまったく問題がなくても、メーカーが異なることで設計時に想定している回線が変わってしまうため、このような現象が見られるのだろう。ただし、このようなケースは、本当に希で、月間ベースで数件~数十件程度だという。速度が低下するケースがあるのも事実だが、全体的にみれば問題はないと言えるだろう。
もちろん、同社としてもこの問題に関しては、品質問題として真剣に取り組んでおり、ユーザー宅側での調査やモデム側のチューニングなども行なっている模様だ。12Mbps ADSLがスタートして数カ月という状況を考えれば、数々の新技術が投入されている12Mbps ADSLで、まだ対応が追いつかないのもしかたがない。しかし、確実な原因がつかめれば、この問題も早々に改善されていくだろう。
個人的には、万が一、速度が低下したとしても実用上問題がないのであれば、8Mbpsに戻さない方が良いと考える。恐らく対応版のファームウェアなどが登場すれば、それで改善される可能性が高いからだ。8Mbpsに戻してしまうと、何らかの改善策が登場した時点でまた12Mbpsに移行しなおさなければならない。このような何度もの変更で、費用を浪費するのは無駄だろう。
■実装が難しい20Mbps超の次世代ADSL
さて、ADSLに関しては、次世代の方式として2倍となる2.2MHzの帯域(ダブル)を利用したものなどが検討されているが、これについては慎重な意見となった。確かに規格自体は「Annex I」の名称などで、検討が進められている最中だが、高い周波数帯を利用する以上、近距離のユーザーしか恩恵を受けることはできない。今回の12Mbps ADSLのようにすべてのユーザーが恩恵を受けられるようなサービスではないわけだ。
そして、何よりも実装が難しいと予想できる。これはあくまでも一般論だが、利用する帯域が倍になると、モデムなどの機器などの処理能力も2倍、もしくはそれ以上のものが要求されるようになる。となると、現状のモデムやDSLAMの技術で20Mbps以上の速度を実現することは難しく、それ以上の処理能力をモデムやDSLAMに持たせなければならない。
もちろん、技術革新が進めば、それも可能になるだろう。しかし、個人的には、今度はコストの問題が出てくると予想できる。また、DSLAMが大型化すれば、NTT局舎内の有限のスペースが占領されてしまう。技術的には可能であっても、それをユーザーに魅力がある形で提供するのは難しいというわけだ。これまで、ADSLはほぼ1年おきに速度を向上させてきたが、次回の20Mbps超も1年で提供できるかは難しいところだ。このあたりは、同社をはじめ、ADSL事業者やモデムメーカーの今後に期待したいところだ。
このように、12Mbps ADSLは、全体的に順調な滑り出しを見せたと言える。もちろん、現状も問題点がないとは言えないが、これも時間が経てば解決していくだろう。個人的には、技術的に見て、これから従来の1.5Mbpsや8Mbpsのサービスを利用するメリットはないと思える。もちろん、料金的なメリットは若干あるが、やはり実例を見ても12Mbpsサービスの速度や安定性にアドバンテージがある。今後のADSLには、まだ不透明な点も多いが、とりあえず12MbpsでADSLは最盛期を迎えると言っても過言ではないだろう。
(2002/12/24 清水理史)
□イー・アクセス
http://www.eaccess.net/
□関連記事:第37回:アッカ・ネットワークス編
http://bb.watch.impress.co.jp/column/shimizu/2002/12/10/
|